意思決定の認知科学エビデンスで読む漫画おすすめ!判断バイアスを学ぶ5選
なぜ人は「わかっていても」間違った判断をするのか
博士課程で認知科学を研究している僕は、「なぜ人は合理的でない判断をするのか」という問いに日々向き合っている。
興味深いことに、2025年にFasoloらが発表したレビュー論文では、認知バイアスが組織の意思決定に与える悪影響は広く認められているにもかかわらず、その軽減策についての研究は十分に進んでいないと指摘されている(DOI: 10.1177/01492063241287188)。
この論文では、バイアス軽減には「デバイアシング(直接的な認知修正)」と「選択アーキテクチャ(環境設計による誘導)」という2つのアプローチがあることが整理されている。
今回は、認知科学のエビデンスに基づいて、判断バイアスを「体験的に学べる」漫画5作品を選定した。
判断バイアスの認知科学的基盤
二重過程理論(システム1とシステム2)
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、人間の思考を2つのシステムで説明した。
- システム1: 高速、自動的、直観的、感情的
- システム2: 低速、努力を要する、論理的、計算的
多くの判断バイアスは、システム1の「自動的な判断」がシステム2の「熟慮的な分析」を圧倒することで生じる。
代表的な判断バイアス
確証バイアス(Confirmation Bias): 自分の仮説を支持する情報ばかり集め、反証する情報を無視する傾向。
サンクコストの誤謬(Sunk Cost Fallacy): すでに投資した時間やお金を惜しんで、損切りできない傾向。
ギャンブラーの誤謬(Gambler’s Fallacy): 独立した事象に対して、過去の結果が将来に影響すると錯覚する傾向。例えば「5回連続で赤が出たから、次は黒が出るはず」という思考。
自信過剰バイアス(Overconfidence Bias): 自分の判断や予測の精度を過大評価する傾向。
漫画で学ぶ意義
2024年の研究では、物語を通じた学習が抽象的な概念の理解を促進することが示されている。特に、漫画のような視覚的ナラティブは、認知的負荷を軽減しながら複雑な概念を伝達できる。
バイアスを「知識として知っている」だけでは不十分で、「体験的に理解する」ことで初めてデバイアシングが可能になる。
判断バイアスを学べる漫画5選
1. 『LIAR GAME』甲斐谷忍
『LIAR GAME』は、高額賞金をかけた心理戦ゲームに巻き込まれる物語だ。
認知科学の観点から注目すべきは、この漫画が描く**「確証バイアスの罠」**だ。
ゲームの参加者たちは、自分の戦略が正しいと信じ込み、反証となる情報を見落とす。例えば、「この人は味方だ」と一度判断すると、その人の不審な行動を合理化してしまう。
Fasoloらの研究では、「複数の仮説を同時に検討する」ことが確証バイアスの軽減に効果的だと指摘されている。『LIAR GAME』の主人公・秋山は、まさにこの「複数仮説の同時検討」を実践している。
研究室のゼミで『LIAR GAME』を題材に確証バイアスについて議論したことがある。「自分も同じ罠にはまっていた」という気づきが多く、理論だけでは得られない学びがあった。
認知科学的ポイント: 確証バイアスの「見える化」と、デバイアシング戦略の具体例。
2. 『賭博黙示録カイジ』福本伸行
『カイジ』は、借金を抱えた青年がギャンブルで人生の逆転を狙う物語だ。
この漫画が優れているのは、サンクコストの誤謬とギャンブラーの誤謬を克明に描写している点だ。
サンクコストの誤謬とは、「ここまで投資したのだから、やめるわけにはいかない」という思考パターンだ。合理的には、過去の投資は意思決定に影響を与えるべきではない。しかし、カイジを含む多くの登場人物が、この罠にはまっていく。
また、ギャンブラーの誤謬も頻繁に登場する。「3回連続で負けたから、次は勝つはず」という思考は、各試行が独立している場合には誤りだ。
僕自身、学部時代にこの漫画を読んで「埋没費用」の概念を直観的に理解できた。今でも何かを「損切り」する際に、カイジの名シーンを思い出すことがある。
認知科学的ポイント: サンクコストの誤謬とギャンブラーの誤謬の体験的理解。
3. 『DEATH NOTE』大場つぐみ・小畑健
『DEATH NOTE』は、名前を書いた人間を死なせる力を持つノートをめぐる知能戦だ。
認知科学の観点から興味深いのは、主人公・夜神月(ライト)が示す自信過剰バイアスだ。
自信過剰バイアスとは、自分の判断や予測の精度を過大評価する傾向を指す。ライトは自分の知性を過信し、「自分の計画に穴はない」と確信する。しかし、この過信こそが彼の判断ミスを招いていく。
研究では、専門家でさえ自信過剰バイアスから逃れられないことが示されている。「自分は例外だ」と思うこと自体が、バイアスの典型的な症状なのだ。
対照的に、探偵のLは「自分の推理が間違っている可能性」を常に考慮する。この知的謙虚さこそ、デバイアシングの核心だと僕は考えている。
認知科学的ポイント: 自信過剰バイアスの危険性と、知的謙虚さの重要性。
4. 『3月のライオン』羽海野チカ
『3月のライオン』は、17歳でプロになった将棋棋士・桐山零の物語だ。
この漫画が認知科学的に興味深いのは、システム1(直観)とシステム2(分析)の葛藤を繊細に描いている点だ。
将棋のプロ棋士は、膨大な経験から培われた直観(システム1)で瞬時に手を読む。しかし、その直観が「罠」になることもある。「この手が良い」という直観を、論理的に検証(システム2)する過程が対局中に何度も描かれる。
チェスの研究では、グランドマスターは直観的なパターン認識と分析的な検証を高度に統合していることが示されている。『3月のライオン』の対局シーンは、まさにこの二重過程を視覚化している。
博士論文の執筆でも、「直観的にこの仮説が正しい気がする」という感覚と、「データで検証する」という過程の葛藤を日々経験している。この漫画を読むと、その葛藤が自分だけのものではないと感じられる。
認知科学的ポイント: システム1とシステム2の統合と、直観の検証プロセス。
5. 『ヒカルの碁』ほったゆみ・小畑健
『ヒカルの碁』は、平安時代の囲碁棋士の幽霊・藤原佐為に導かれて碁を学ぶ少年の物語だ。
認知科学の観点から注目すべきは、この漫画が描く熟達化(expertise)のプロセスだ。
初心者のヒカルは、盤面を「分析的に」見ることしかできない。しかし、経験を積むにつれて、「この形は良い」「この手は危険」という直観的な判断ができるようになっていく。
チェスの熟達者研究(de Groot, 1965)では、エキスパートは盤面を「チャンク(意味のあるまとまり)」として認識し、瞬時に最善手を直観できることが示されている。『ヒカルの碁』は、この熟達化プロセスを物語として追体験させてくれる。
また、「強くなりたい」という欲求が判断を歪める場面も描かれている。勝ちたいという感情が、冷静な形勢判断を妨げる。これは、感情が認知に与える影響の典型例だ。
認知科学的ポイント: 熟達化による直観の発達と、感情が判断に与える影響。
バイアス別・漫画の読み方
| バイアス | 該当漫画 | 学べるポイント |
|---|---|---|
| 確証バイアス | LIAR GAME、DEATH NOTE | 反証情報の重要性、複数仮説の検討 |
| サンクコストの誤謬 | カイジ | 埋没費用の無視、損切りの判断 |
| ギャンブラーの誤謬 | カイジ | 独立事象の理解、確率の直観的誤解 |
| 自信過剰バイアス | DEATH NOTE | 知的謙虚さ、自己の限界認識 |
| システム1の罠 | 3月のライオン、ヒカルの碁 | 直観の検証、分析とのバランス |
漫画でデバイアシングを実践する
1. 登場人物の判断を分析する
読みながら「この人は今、どのバイアスに影響されているか」を意識的に考える。メタ認知のトレーニングになる。
2. 自分ならどうするかを考える
物語を止めて「自分ならこの場面でどう判断するか」を考え、実際の展開と比較する。自分の判断パターンに気づける。
3. 反実仮想を行う
「もしこのキャラクターがバイアスに気づいていたら、どうなっていただろうか」と考える。デバイアシングの効果を想像できる。
まとめ:漫画は「認知のジム」になる
判断バイアスは、知識として知っているだけでは克服できない。
Fasoloらの研究が示すように、デバイアシングには実践的なトレーニングが必要だ。漫画は、安全な環境でバイアスを「体験的に」学べる「認知のジム」として機能する。
今回紹介した5作品は、それぞれ異なるバイアスを深く描いている。自分が陥りやすいバイアスに合わせて、まずは1冊手に取ってみてほしい。
物語の中で「あ、この人、確証バイアスにはまってる」と気づけるようになったとき、あなたは自分自身のバイアスにも気づけるようになっているはずだ。




