哲学漫画おすすめ!思考実験の視覚化が抽象概念の理解を促進する認知科学的理由
「トロッコ問題って聞いたことはあるけど、結局何が問われているの?」「哲学書を読んでも抽象的すぎて頭に入ってこない」
哲学や倫理の学習でこうした経験をした方は多いのではないでしょうか。興味深いことに、認知科学の研究では、漫画形式で哲学を学ぶことで抽象概念の理解が大幅に促進されることが明らかになっています。
なぜ哲学漫画で抽象概念が理解しやすくなるのか
哲学漫画が理解を促進する理由は、私たちの脳が「抽象概念を具体的な経験を通じて理解する」という特性にあります。
認知言語学者のLakoffとJohnsonが提唱した概念メタファー理論によると、私たちは「時間は空間である」「人生は旅である」といった具体的なメタファーを通じて抽象概念を理解しています。哲学漫画は、この具象化のプロセスを視覚的に提示することで、抽象的な哲学概念を直感的に把握可能にするのです。
この記事では、哲学漫画の認知効果を科学的に解説し、思考力を鍛えるおすすめ作品を紹介します。
思考実験とは:「心の実験室」としての機能
哲学における思考実験の役割
Stanford Encyclopedia of Philosophyによると、思考実験とは「仮想的なシナリオを通じて概念の本質を探求する方法」です。
思考実験の特徴は以下の3点に集約されます。
1. 直感の引き出し
トロッコ問題のような道徳的ジレンマは、私たちの道徳的直感を引き出します。「5人を救うために1人を犠牲にすることは許されるか」という問いに対する即座の反応が、功利主義と義務論の違いを体感させてくれます。
2. 概念の境界の明確化
スワンプマン(沼男)の思考実験は、「完全なコピーは本人と同一か」という問いを通じて、アイデンティティの本質を探ります。極端な仮想シナリオが、日常では見えにくい概念の境界を浮き彫りにします。
3. 反事実的推論の活用
「もし〜だったら」という仮定を通じて、現実では検証できない問題を考察します。これは心理学漫画の認知科学的分析で解説した「状況モデル」の形成とも深く関連しています。
漫画が思考実験を「体験」に変える
思考実験を文章で読むだけでは、抽象的な理解にとどまりがちです。しかし、漫画形式で視覚化されると、読者は登場人物と同じ立場でジレンマを「体験」できます。
データによると、視覚的に提示された道徳的ジレンマは、文章のみの提示と比較して感情的反応が強まることが神経科学研究で示されています。この感情的関与が、哲学的理解を深める重要な要因となっています。
抽象概念の具象化:漫画が哲学を「見える化」する仕組み
概念メタファーと視覚表現
LakoffとJohnsonの概念メタファー理論は、抽象概念の理解が身体的・空間的経験に基づくことを示しています。
たとえば、私たちは無意識のうちに以下のようなメタファーを使っています。
- 「時間はお金である」(時間を「使う」「節約する」)
- 「議論は戦争である」(「攻撃する」「防御する」)
- 「人生は旅である」(「岐路に立つ」「道を歩む」)
哲学漫画は、これらの抽象概念を視覚的に具象化します。『漫画 君たちはどう生きるか』では、主人公コペル君が文字通り「人生の岐路」に立つ場面が描かれ、抽象的な選択の問題が具体的なイメージとして読者の脳に刻まれます。
ビジュアルナラティブの認知処理
PMCに掲載されたCohnの研究では、視覚的物語の理解には言語処理と類似した認知メカニズムが働くことが示されています。
興味深いことに、漫画を読む際、私たちの脳は以下のプロセスを同時に行っています。
- 視覚的情報の処理:絵やコマ割りの解釈
- 言語的情報の処理:セリフやナレーションの理解
- 予測的処理:次の展開の予測と確認
この二重符号化が、科学漫画の教育効果でも解説したように、情報の記憶定着を促進します。哲学漫画の場合、抽象概念が視覚と言語の両方で符号化されることで、より深い理解が可能になるのです。
認知科学的メカニズム:道徳的推論と感情の相互作用
道徳的ジレンマと脳の反応
神経科学者のJoshua Greeneらの研究では、トロッコ問題のような道徳的ジレンマに直面した際、脳の複数の領域が活性化することが示されています。
感情系の活性化
前頭前皮質腹内側部(vmPFC)や扁桃体が活性化し、「人を突き落とすのは悪い」という直感的な道徳判断を生み出します。
理性系の活性化
背外側前頭前皮質(dlPFC)が活性化し、「5人を救うためには1人の犠牲もやむを得ない」という功利的計算を行います。
仮説ですが、漫画形式で道徳的ジレンマが提示されると、登場人物への感情移入を通じて感情系の活性化が強まり、より深い道徳的思考が促進されると考えられます。これは歴史漫画の記憶定着効果で解説したエピソード記憶の形成とも関連しています。
批判的思考の育成
哲学漫画を読むことは、単に知識を得るだけでなく、批判的思考力を育成する効果があります。
『ここは今から倫理です。』のような作品では、答えのない問題に対して登場人物がさまざまな立場から議論する様子が描かれます。読者は自然と「自分ならどう考えるか」を問いかけられ、主体的な思考が促されます。
おすすめ哲学漫画:思考力を鍛える作品選び
選定基準:認知科学的に効果的な3つの条件
哲学漫画を選ぶ際、以下の3つの条件を考慮することをおすすめします。
条件1:思考実験や問いが明確に提示されている
抽象的な概念を考えるきっかけとなる、明確な問いや思考実験が含まれている作品を選びましょう。
条件2:複数の立場が描かれている
一つの正解を押し付けるのではなく、異なる立場からの視点が公平に描かれている作品は、批判的思考を育てます。
条件3:日常との接点がある
哲学的問いが日常生活と関連づけられている作品は、学んだ内容を実践に移しやすくなります。
漫画 君たちはどう生きるか:普遍的な問いを体験する
吉野源三郎原作、羽賀翔一漫画の『漫画 君たちはどう生きるか』は、1937年に書かれた名著の漫画化作品です。
この作品の特徴は、主人公コペル君が日常の出来事を通じて「人間としてどう生きるべきか」という普遍的な問いに向き合う点にあります。叔父さんとの対話を通じて、コペルニクス的転回(物事を自分中心ではなく世界中心で捉える視点の転換)や、人間の尊厳について考えさせられます。
累計270万部を超えるベストセラーとなった本作は、哲学入門として最適な一冊です。
ここは今から倫理です。:高校生と考える倫理的ジレンマ
雨瀬シオリ先生の『ここは今から倫理です。』は、高校の倫理教師・高柳を主人公にした漫画です。
この作品の魅力は、トロッコ問題やカントの定言命法など、本格的な哲学的概念が高校生の日常と結びつけて描かれている点です。「いじめは悪いことか」「嘘をつくことは許されるか」といった身近な問題を通じて、読者は自然と倫理的思考を深められます。
NHKでドラマ化もされ、幅広い世代に哲学への入り口を提供しています。
哲学的な何か、あと数学とか:思考実験を楽しく学ぶ
飲茶氏の『哲学的な何か、あと数学とか』は、哲学と数学の面白さを軽妙な語り口で伝える作品です。
「無限とは何か」「ゼノンのパラドックス」「ゲーデルの不完全性定理」など、難解に思える概念がユーモアを交えて解説されています。哲学と数学の意外なつながりを発見できる、知的好奇心をくすぐる一冊です。
哲学漫画の効果的な読み方:思考を深める3つのポイント
読み方1:立ち止まって考える
哲学漫画を読む際は、思考実験や問いかけの場面で一度立ち止まり、自分なりの答えを考えてから先を読み進めることをおすすめします。これにより、著者の結論を受動的に受け入れるのではなく、主体的な思考が促されます。
読み方2:異なる立場を想像する
「もし自分が別の立場だったら」と考えることで、多角的な視点が養われます。トロッコ問題であれば、スイッチを切り替える人の立場だけでなく、線路上の人々の立場も想像してみましょう。
読み方3:日常に適用する
漫画で学んだ哲学的概念を日常生活に適用してみることで、抽象的な知識が実践的な知恵に変わります。「この選択はカントの定言命法に沿っているか」「功利主義的に考えるとどうか」と問いかける習慣が、倫理的思考力を高めます。
まとめ:哲学漫画で学ぶ科学的意義
哲学漫画が抽象概念の理解を促進する理由は、認知科学的に説明できます。
概念メタファーにより抽象概念が具体的なイメージに変換され、ビジュアルナラティブの認知処理により視覚と言語の両方で符号化される。さらに、道徳的ジレンマの視覚化により感情と理性の両方が活性化され、より深い哲学的理解が促進されます。
経済漫画の学習効果で紹介したナラティブ学習の効果と同様に、哲学漫画も物語を通じて複雑な概念を理解可能にします。
哲学を「学ぶ」のではなく「体験する」。思考実験の視覚化により、抽象的な概念を自分のものにしてみてはいかがでしょうか。
思考実験についてより体系的に学びたい方には、岡本裕一朗著『思考実験 世界と哲学をつなぐ75問』をおすすめします。トロッコ問題からスワンプマンまで、75の思考実験を通じて哲学の全体像を把握できる一冊です。
Kindle Unlimited
200万冊以上が読み放題。30日間無料体験できます。



