行動経済学で学ぶお金の心理学!非合理的な金銭判断を克服する認知科学的アプローチ

行動経済学で学ぶお金の心理学!非合理的な金銭判断を克服する認知科学的アプローチ

「お金の判断」の74.2%は非合理的—脳が仕掛ける3つの罠

「なぜ貯金できないのだろう」「なぜ投資に踏み出せないのだろう」

こうした悩みを抱える人は少なくありません。興味深いことに、金融広報中央委員会の「金融リテラシー調査2022年」によると、期待収益率+5%の投資に対して**74.2%の人が「投資しない」**と回答しています。

客観的に見れば得をする可能性が高い選択を、なぜ多くの人は避けてしまうのでしょうか。これは意志の問題ではなく、人間の脳に備わった認知メカニズムによるものです。

本稿では、行動経済学の3つの重要概念からお金の非合理的判断を解明します。

  1. メンタルアカウンティング: お金を心の中で分類してしまう「心の会計」
  2. 現在バイアス: 将来より「今」を過大評価する傾向
  3. 損失回避: 得することより損することを恐れる心理

これらは『ファスト&スロー』から読み解く人間の思考システムで解説したSystem 1(直感的思考)と深く関連しています。

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メンタルアカウンティング—心の中に複数の財布がある

リチャード・セイラーの発見

2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーは、1985年に**メンタルアカウンティング(心の会計)**という概念を提唱しました。これは、人がお金を心の中で異なる勘定項目に分類し、それぞれ別の使い方をする傾向を指します。

興味深い実験があります。被験者に次の2つのシナリオを提示します。

シナリオA: コンサート会場で、5,000円の当日券を買おうとしたところ、財布から5,000円がなくなっていることに気づいた。まだお金はある。当日券を買うか?

シナリオB: 5,000円で買った前売券をなくしていたことに会場で気づいた。当日券も5,000円で買える。買うか?

データによると、シナリオAでは多くの人が「買う」と答えますが、シナリオBでは半数以下しか「買う」と答えません。客観的には同じ5,000円の損失なのに、心理的な反応は大きく異なるのです。

お金に「色」がつく理由

この現象は、私たちが無意識のうちにお金を以下のように分類しているために起こります。

心の財布特徴使い方
給料労働の対価慎重に使う
臨時収入ボーナス、宝くじ気軽に使う
投資の利益運で得たお金リスクを取りやすい
生活費固定支出削りにくい
娯楽費自由裁量使い切る傾向

シナリオAでなくした5,000円は「現金」という勘定から消えただけですが、シナリオBでは「娯楽費」の予算を使い切ったと認識されます。そのため、追加で5,000円を出すことに心理的抵抗が生じるのです。

メンタルアカウンティングの日常への影響

この認知メカニズムは、日常のお金の使い方に大きな影響を与えています。

1. ボーナスの使い方 毎月の給料は慎重に使うのに、ボーナスは気軽に使ってしまう。これは「臨時収入」という別の財布に入ったと認識されるためです。

2. ポイントやマイル 「ポイントで買ったから損していない」と感じる。しかし、ポイントも経済的価値があり、実質的には現金と同じです。

3. 投資の利益 投資で得た利益は「あぶく銭」として、より大きなリスクを取る傾向がある。しかし、どのように得たお金でも、1万円は1万円です。

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現在バイアス—なぜ「来月から貯金」は実現しないのか

双曲割引の罠

「来月から貯金を始めよう」「ボーナスが出たら投資を始めよう」

こうした決意が実現しないのは、意志が弱いからではありません。人間の脳には現在バイアスという認知傾向があり、将来の報酬より目の前の報酬を過大評価してしまうのです。

この現象は**双曲割引(Hyperbolic Discounting)**とも呼ばれ、以下のような実験で確認されています。

質問1: 「今日1万円もらう」と「1年後に1万1,000円もらう」どちらを選ぶ? → 多くの人が「今日1万円」を選択

質問2: 「10年後に1万円もらう」と「11年後に1万1,000円もらう」どちらを選ぶ? → 多くの人が「11年後に1万1,000円」を選択

論理的には、どちらのケースも「1年待てば1,000円増える」という同じ条件です。しかし、「今」が関わると判断が変わってしまいます。これが現在バイアスの正体です。

貯金ができない認知メカニズム

現在バイアスは、貯金や投資を妨げる主要因の一つです。

貯金の場合

  • 「今」の消費(欲しいものを買う快感)
  • 「将来」の貯蓄(老後の安心)

脳は「今の快感」を過大評価し、「将来の安心」を過小評価します。そのため、理性では貯金が大切だとわかっていても、目の前の消費に負けてしまうのです。

投資の場合

  • 「今」の損失リスク(元本が減る恐怖)
  • 「将来」の利益(複利による資産形成)

投資においても、将来の利益より今の損失リスクが過大に感じられ、投資を先延ばしにしてしまいます。

現在バイアスを逆利用する

仮説ですが、現在バイアスは「自動化」によって克服できる可能性があります。

先取り貯蓄の仕組み化 給料日に自動で貯蓄口座に振り替える設定をしておけば、「今」の意思決定を介在させずに貯蓄ができます。リチャード・セイラーはこれを**「ナッジ」**と呼び、行動経済学の重要な応用例として提唱しました。

デフォルトの活用 401(k)(米国の確定拠出年金)の研究では、デフォルトで加入する設定にすると加入率が90%以上になることが確認されています。日本のiDeCoやつみたてNISAも、自動積立をデフォルトにすることで現在バイアスを克服できます。

損失回避—投資に踏み出せない心理メカニズム

プロスペクト理論の核心

1979年にカーネマンとトヴェルスキーが発表したプロスペクト理論は、人間の意思決定における非合理性を数学的に定式化しました。その中心概念が**損失回避(Loss Aversion)**です。

データによると、同じ金額でも損失の心理的インパクトは利益の約2倍とされています。つまり、1万円を失う痛みは、1万円を得る喜びの2倍強いのです。

これが転職の意思決定科学で解説した「現状維持バイアス」の根底にある心理メカニズムでもあります。

投資を避ける74.2%の心理

冒頭で紹介した「期待収益率+5%の投資に74.2%が投資しない」というデータは、損失回避の典型的な現れです。

投資を避ける人の心理を分析すると、以下のような思考パターンが見られます。

損失回避による過大評価

  • 「元本が減るかもしれない」(損失の可能性を過大評価)
  • 「投資しなければ損はしない」(損失ゼロを過大評価)

現状維持バイアスとの複合

  • 「今のままでいい」(変化のコストを過大評価)
  • 「投資は難しそう」(学習コストを過大評価)

興味深いことに、金融リテラシー調査では年代を問わず、女性の方が男性より損失回避傾向が強いことが示されています。これは進化心理学的に、資源の確保において異なる戦略が適応的だった可能性を示唆しています。

損失回避を克服するフレーミング

損失回避は強力な認知バイアスですが、**フレーミング(枠組み)**を変えることで対処可能です。

「投資しないリスク」という視点 インフレ率を考慮すると、「投資しない」という選択も実質的には資産が目減りするリスクを負っています。2024年の消費者物価指数は前年比2%以上上昇しており、預金金利がほぼゼロの現状では、10年間の預金で実質的に20%以上の価値を失う可能性があります。

「売らなければ損失ではない」という視点 短期的な価格変動を「損失」と捉えるか「未確定の評価損」と捉えるかで、心理的負担は大きく変わります。長期投資の視点を持つことで、日々の価格変動に一喜一憂しなくなります。

行動経済学でお金を理解するおすすめ書籍

1. 予想どおりに不合理(ダン・アリエリー)

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

著者: ダン・アリエリー

デューク大学教授ダン・アリエリーによる行動経済学の名著。人間の非合理的な経済行動を実験データで解明。

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行動経済学の入門書として最も読みやすい一冊です。現在バイアスからアンカリング効果まで、豊富な実験データとともに人間の非合理性を解き明かします。お金の使い方を見直すきっかけになるでしょう。

2. 行動経済学の逆襲(リチャード・セイラー)

行動経済学の逆襲 上 (ハヤカワ文庫NF)

著者: リチャード・セイラー

2017年ノーベル経済学賞受賞者リチャード・セイラーが、行動経済学の誕生から発展までを自伝的に綴った一冊。メンタルアカウンティングの発見秘話も収録。

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メンタルアカウンティングの提唱者自身が、行動経済学の歴史と理論を解説しています。学術的な厳密性と読みやすさを両立した名著です。

3. ファスト&スロー(ダニエル・カーネマン)

プロスペクト理論の提唱者による認知心理学の古典です。System 1とSystem 2という二重過程理論から、損失回避やアンカリング効果の認知的基盤を理解できます。

4. 行動経済学まんが ヘンテコノミクス

行動経済学まんが ヘンテコノミクス

著者: 佐藤 雅彦

佐藤雅彦・菅俊一原作の行動経済学入門漫画。アンダーマイニング効果、おとり効果、極端回避性など23個のテーマを4ページのマンガで楽しく学べます。

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23個の行動経済学の概念を4ページのマンガで解説した入門書です。専門用語に抵抗がある方でも、視覚的に理解しやすい構成になっています。

認知バイアスを逆利用する3つの金銭管理戦略

戦略1: メンタルアカウンティングの意図的活用

メンタルアカウンティングは非合理的なバイアスですが、逆利用することも可能です。

実践方法

  1. 目的別口座を複数開設(貯蓄用、投資用、緊急用など)
  2. 給料日に自動振り分けを設定
  3. 各口座に明確な「名前」をつける(「旅行資金」「老後資金」など)

心の中で分類する傾向を利用して、物理的にも分類してしまえば、「貯蓄用のお金」に手をつけることへの心理的抵抗が生まれます。

戦略2: 現在バイアスの自動化対策

「今」の意思決定を介在させないことで、現在バイアスを回避できます。

実践方法

  1. つみたてNISAやiDeCoの自動積立設定
  2. 給料天引きの財形貯蓄
  3. クレジットカードの自動払い設定

重要なのは、「貯蓄するかどうか」を毎月判断しなくて済む仕組みを作ることです。一度設定すれば、あとは自動的に資産が積み上がります。

戦略3: 損失回避のフレーミング転換

損失回避を完全に消すことは難しいですが、フレーミングを変えることで対処可能です。

実践方法

  1. 「投資しないリスク」を可視化する(インフレ率で計算)
  2. 長期的な視点でチャートを見る(日次ではなく年次)
  3. 「売らなければ損失ではない」と言語化する

また、少額から始めることで、心理的な損失額を抑えながら投資経験を積むことができます。

まとめ—認知科学の視点でお金と向き合う

本稿では、行動経済学の3つの概念からお金の非合理的判断を解説しました。

重要なポイントを振り返ります。

  • メンタルアカウンティング: お金を心の中で分類し、別々の使い方をしてしまう
  • 現在バイアス: 将来より「今」を過大評価し、貯蓄を先延ばしにしてしまう
  • 損失回避: 損することを過度に恐れ、投資に踏み出せなくなる
  • 克服法: 自動化、目的別口座、フレーミング転換

「お金が貯まらない」「投資できない」とき、それを「自分の意志が弱いから」と責めてしまいがちです。しかし、これらは人間の脳に普遍的に備わった認知バイアスであり、誰にでも起こりうる現象です。

自分の思考パターンを認知科学の視点で理解することは、それ自体が対処の第一歩です。メンタルアカウンティングを逆利用していないか、現在バイアスに負けていないか、損失回避が過度になっていないか。これらを客観的にチェックすることで、より合理的な金銭判断が可能になります。

お金は人生の重要な要素です。認知科学の知見を活かし、脳の仕組みを理解した上で、賢い金銭管理を実現していただければ幸いです。

ファスト&スロー(上)

著者: ダニエル・カーネマン

ノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンによる認知心理学の名著。プロスペクト理論から損失回避まで、人間の思考のバイアスを科学的に解明した必読書です。

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西村 陸

京都大学大学院で認知科学を研究する博士課程学生。理系でありながら文学への造詣も深く、科学と文学の交差点で新たな知の可能性を探求。

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    元外資系コンサルタントから転身したライター。経済学の知識を活かしながら、健康・お金・人間関係の最適化を追求。エビデンスベースの実践的な知識発信を心がける。

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