起業の意思決定科学!認知バイアスで理解するリスクとリターンの評価メカニズム

起業の意思決定科学!認知バイアスで理解するリスクとリターンの評価メカニズム

起業家の81.7%が5年後も生存—それでも恐れる理由

「起業は9割が失敗する」

この言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。しかし、興味深いことに、このデータは正確ではありません。

中小企業庁の中小企業白書によると、日本企業の5年後生存率は81.7%。これは英国(42.3%)やフランス(44.5%)と比較して、著しく高い数値です。

では、なぜ多くの人が起業を恐れるのでしょうか。本稿では、認知科学の視点から起業の意思決定を歪める3つのバイアスを解明します。

  1. 楽観バイアス: 「自分だけは成功する」という過信
  2. 計画錯誤: 時間とコストを常に過小評価する傾向
  3. 生存者バイアス: 成功事例だけを見て判断する危険性

これらは転職の意思決定科学で解説した認知バイアスとも深く関連しています。

ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代

著者: アダム・グラント

ペンシルベニア大学教授アダム・グラントが、起業家のリスク回避傾向を実証的に解明。成功する起業家は意外にも慎重であることを科学的に証明した名著です。

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楽観バイアス—「自分だけは失敗しない」という錯覚

80%の人が持つ認知の歪み

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの認知神経科学者ターリ・シャーロットの研究によると、80%の人が楽観バイアスを持っています。

楽観バイアス(Optimism Bias)とは、十分な根拠がないにも関わらず、「自分だけは大丈夫」とポジティブに捉えてしまう認知バイアスです。

起業の文脈では、以下のような思考パターンとして現れます。

客観的事実楽観バイアスによる解釈
5年以内に18.3%が廃業「自分は81.7%の成功組に入る」
競合他社が多い市場「自分のアイデアは差別化できている」
資金調達が困難「自分なら投資家を説得できる」

なぜ楽観バイアスは生まれるのか

仮説ですが、楽観バイアスは進化心理学的に説明できるかもしれません。

狩猟採集時代において、「きっと獲物が捕れる」という楽観的な見通しがなければ、厳しい環境で生き延びることは難しかったでしょう。楽観主義は行動の原動力として機能してきたのです。

カンザス大学のC.R.Snyder(1991年)によれば、高い希望を持つ人は目標達成に向けたエネルギーを維持しやすいとされています。

しかし、起業においては、この楽観バイアスがリスク管理の甘さにつながる危険性があります。

計画錯誤—なぜ事業計画は常に甘くなるのか

カーネマンの発見

ノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは、**計画錯誤(Planning Fallacy)**という現象を発見しました。

これは、計画段階で所要時間やコストを系統的に過小評価する傾向です。

CFO調査が示す過信の実態

デューク大学の研究者たちは、2003年から2013年にかけてCFO(最高財務責任者)を対象に調査を行いました。

データによると、13,000件以上のS&P500予測を分析した結果、CFOの予測と実際の株価の相関はゼロに近いことが判明しました。

興味深いことに、この結果とは裏腹に、CFOたちは自社の業績予測に自信満々でした。これは典型的な過信バイアス(Overconfidence Bias)の例です。

起業における計画錯誤の具体例

起業家やマネージャーは、以下のような計画錯誤に陥りやすいことが知られています。

  • 開発期間: 実際の2-3倍の時間がかかる
  • 必要資金: 当初見積もりの1.5-2倍が必要
  • 売上達成: 目標の50%以下しか達成できないことも

ファスト&スローで解説したSystem 1(直感的思考)が、楽観的な見積もりを生み出し、System 2(論理的思考)による検証が不十分なまま計画が進んでしまうのです。

起業の科学 スタートアップサイエンス

著者: 田所雅之

累計15万部のベストセラー。スタートアップが陥りやすい罠を科学的に分析し、成功確率を高めるメソッドを体系化した一冊です。

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生存者バイアス—成功事例だけを見る危険性

なぜ失敗から学べないのか

生存者バイアス(Survivorship Bias)とは、成功した人や組織の事例ばかりに着目し、多くの失敗事例を見落とす認知バイアスです。

統計データの多くは、成功し生き残っている企業のみが対象となります。倒産した企業のデータは蓄積されにくいため、失敗の原因や本質が見えなくなるのです。

「大学中退しても成功できる」という誤謬

「スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも大学中退だから、大学は必要ない」

これは典型的な生存者バイアスです。大学を中退して成功した有名な起業家の裏には、失敗に終わった人々が無数に存在します。しかし、彼らの話は誰も知りません。

日本の起業統計が示す現実

中小企業庁のデータによると、2024年の倒産件数は10,006件、休廃業・解散件数(2023年)は59,105件に上ります。

注目すべきは、休廃業企業のうち51.1%が黒字であるという事実です。つまり、利益が出ていても事業を継続できない理由(後継者不足、体力的限界など)が多く存在するのです。

起業の意思決定を科学的に理解するおすすめ書籍

1. ORIGINALS(アダム・グラント)

ペンシルベニア大学ウォートン校教授による本書は、起業家に関する重要な発見を含んでいます。起業家は一般に思われているよりもリスク回避型であり、成功する起業家は「ある部分で大きなリスクを冒しつつ、他の部分では慎重になる」ことでバランスを取っています。

2. 起業の科学(田所雅之)

累計15万部のベストセラー。スタートアップが陥りやすい罠を科学的に分析し、「構築-計測-学習」のサイクルで成功確率を高める方法を解説しています。

3. 行動意思決定論—バイアスの罠(ベイザーマン)

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ハーバード大学教授による意思決定バイアスの体系書。7つの改善指針で、より合理的な判断ができるようになります。

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ハーバード大学教授による本書は、意思決定がどのような認知的・動機的バイアスを帯びるのかを体系的に解説し、7つの改善指針を提示しています。起業だけでなく、あらゆるビジネス判断に応用できます。

4. リーン・スタートアップ(エリック・リース)

シリコンバレー発のスタートアップ手法。「構築-計測-学習」のサイクルで、計画錯誤を最小化し、顧客からのフィードバックを基に迅速に改善する方法を解説しています。

5. ファスト&スロー(カーネマン)

二重思考システムを理解することで、なぜ私たちは楽観的な計画を立ててしまうのかが明確になります。起業の意思決定における認知バイアスを克服するための基礎知識です。

認知バイアスを克服する3つの起業戦略

戦略1: 事前検死(Pre-mortem)

計画錯誤を防ぐために、プロジェクト開始前に「失敗した未来」を想像する手法です。

実践方法

  1. チームメンバーに「1年後、このプロジェクトは完全に失敗した」と宣言
  2. 各自が「なぜ失敗したか」の理由を書き出す
  3. 出てきた失敗要因に対する対策を事前に講じる

心理学者ゲイリー・クラインが提唱したこの手法は、楽観バイアスを抑制し、潜在的リスクを洗い出すのに効果的です。

戦略2: 外部視点の導入

確証バイアスを防ぐために、意図的に反対意見を取り入れます。

実践方法

  1. Devil’s Advocate(悪魔の代弁者): チーム内に「反対意見を言う役割」を設ける
  2. メンターへの相談: 同業界の経験者に事業計画を批評してもらう
  3. 統計データの確認: 「自分は特別」ではなく「平均的にはどうか」を調べる

戦略3: リスクの分散(ORIGINALSの知見)

アダム・グラントの研究によると、成功する起業家はリスクを取りながらも、他の部分では慎重にバランスを取っています。

実践方法

  1. 本業を続けながら副業として起業: いきなり退職しない
  2. 小さく始めて検証: MVPでの市場テスト
  3. 撤退基準の事前設定: 「○ヶ月で○円の売上がなければ撤退」

これは副業の認知負荷管理で解説した「認知リソースの分散」とも関連しています。すべてを一度に賭けないことで、冷静な判断を維持できます。

まとめ—認知科学の視点で起業と向き合う

本稿では、起業の意思決定を歪める認知バイアスを科学的に解説しました。

重要なポイントを振り返ります。

  • 楽観バイアス: 80%の人が持つ「自分だけは成功する」という過信
  • 計画錯誤: 時間とコストを系統的に過小評価する傾向
  • 生存者バイアス: 成功事例だけを見て判断する危険性
  • 日本の起業統計: 5年後生存率81.7%は国際的に高水準
  • 克服法: 事前検死、外部視点の導入、リスクの分散

「起業は9割が失敗する」という言説は、生存者バイアスの裏返しでもあります。過度に恐れる必要はありませんが、楽観バイアスに陥ることも危険です。

アダム・グラントが明らかにしたように、成功する起業家は「リスクテイカー」ではなく、リスクをバランスよく管理できる人です。認知科学の視点で自分の思考パターンを理解し、より合理的な起業判断をしていただければ幸いです。

リーン・スタートアップ

著者: エリック・リース

シリコンバレー発のスタートアップ手法。顧客からのフィードバックを基に迅速に改善する「構築-計測-学習」サイクルで、計画錯誤を最小化します。

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西村 陸

京都大学大学院で認知科学を研究する博士課程学生。理系でありながら文学への造詣も深く、科学と文学の交差点で新たな知の可能性を探求。

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    元外資系コンサルタントから転身したライター。経済学の知識を活かしながら、健康・お金・人間関係の最適化を追求。エビデンスベースの実践的な知識発信を心がける。

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