『資本主義と、生きていく。』要約|構造的しんどさを歴史と思想で解明する

『資本主義と、生きていく。』要約|構造的しんどさを歴史と思想で解明する

「自分のせい」にしてしまう前に

博士課程で認知科学を研究している僕は、同期や後輩が「燃え尽きる」のを何度も見てきた。

彼らは口を揃えてこう言う。「自分の能力が足りなかった」「メンタルが弱かった」「努力が足りなかった」。

しかし、本当にそうだろうか。同じような「しんどさ」を感じる人がこれほど多いのは、個人の問題なのか、構造の問題なのか?

興味深いことに、2019年の研究では新自由主義的な経済政策と心理的健康の低下に相関があることが示されている(DOI: 10.1016/j.socscimed.2019.112457)。「しんどさ」は個人の問題ではなく、社会構造の問題かもしれない。

今回は、この「構造的しんどさ」を歴史と思想で解き明かした一冊を要約する。

資本主義と、生きていく。

歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体。なぜ現代人は疲弊するのか

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本書の概要

著者について

本書は、現代社会の「しんどさ」を構造的に分析した一冊だ。

「自己責任」という言葉が溢れる現代において、「しんどさ」を個人の問題に還元せず、資本主義という構造の中で理解しようとする試みである。

「構造的しんどさ」とは

「構造的しんどさ」とは、個人の能力や努力とは関係なく、社会構造によって生み出される苦しみのことだ。

例えば:

  • 長時間労働を強いられる
  • 成果を出しても報われない
  • 常に競争にさらされる
  • 将来への不安が消えない

これらは「自分が弱いから」ではなく、システムがそうなっているから生じる問題だ。

本書の核心的メッセージ

本書の核心は、**「しんどさを個人の問題にしてはいけない」**という主張だ。

現代の「自己責任論」は、構造の問題を個人に押し付ける。その結果、人々は「もっと頑張らなければ」「自分を変えなければ」と自分を追い詰める。

本書は、この罠から抜け出すための歴史的・思想的な視座を提供する。

新自由主義と心理的健康の研究

新自由主義とは何か

新自由主義(ネオリベラリズム)とは、市場原理を社会全体に適用しようとする思想だ。

特徴:

  • 規制緩和・民営化
  • 自己責任の強調
  • 競争原理の全面化
  • 福祉国家の縮小

研究が示す心理的影響

2019年のシステマティックレビューでは、新自由主義的政策と心理的健康の関係が検討された。

結果:

新自由主義的政策心理的健康への影響
雇用の不安定化不安・抑うつの増加
福祉削減ストレス増加
競争の激化燃え尽きリスク上昇
自己責任の強調自己批判の増加

興味深いことに、「自己責任」を内面化した人ほど、失敗時の心理的ダメージが大きいという知見も報告されている。

社会的比較と幸福度

2021年の研究では、経済的不平等が大きい社会ほど、人々の幸福度が低いことが示された(DOI: 10.1007/s10902-020-00299-z)。

これは単純に「お金がないから不幸」ではない。相対的な比較が人々を苦しめるのだ。

格差社会では、常に「自分より上」の存在が可視化される。SNSはこの傾向を加速させている。

本書が示す歴史的視座

資本主義の「精神」の変容

本書は、資本主義の歴史を「精神」の変容として描いている。

初期資本主義:勤勉・節約・禁欲が美徳とされた。マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」の時代。

現代資本主義:消費・自己実現・自己ブランディングが求められる。「やりたいこと」を見つけ、「自分らしく」働くことが強制される。

この変容が、現代特有の「しんどさ」を生み出している。

「やりがい搾取」の構造

現代の労働は、しばしば「やりがい」の名のもとに搾取される。

「好きなことを仕事にする」という理想は、裏を返せば**「好きなのだから無理をしても当然」**という論理につながる。

本書は、この「やりがい搾取」の歴史的・構造的背景を解き明かしている。

「自己啓発」批判

本書は、現代の「自己啓発」ブームにも批判的な目を向けている。

自己啓発は**「自分を変えれば状況が変わる」**というメッセージを発し続ける。しかし、これは構造の問題を個人の問題にすり替える効果を持つ。

「ポジティブ思考」「マインドセット」「レジリエンス」——これらは一見良いものに見えるが、構造を変えずに個人に適応を強いる側面がある。

認知科学から見た「構造的しんどさ」

帰属バイアス

認知科学には**「根本的帰属の誤り」**という概念がある。これは、他者の行動を説明する際に、状況要因より個人の性格を重視してしまう傾向だ。

興味深いことに、自分自身に対しても同様のバイアスが働くことがある。失敗を「自分の能力不足」に帰属し、構造的要因を見落とす。

「自己責任論」は、このバイアスを強化する。

学習性無力感

心理学者マーティン・セリグマンの学習性無力感は、「何をしても変わらない」という経験が、無気力を引き起こすことを示した。

構造的な問題に直面し続けると、人は「どうせ変わらない」と感じるようになる。これは合理的な反応であり、「弱さ」ではない。

社会的認知の歪み

新自由主義的な環境は、社会的認知を歪める可能性がある。

常に競争にさらされると、他者を「協力者」ではなく「競争相手」として認知するようになる。これが孤立感と不信感を生む。

本書の実践的価値

1. 「自分のせい」を相対化できる

本書の最大の価値は、「しんどさ」を自分の問題から解放してくれる点だ。

「自分が悪い」と思い込んでいた苦しみが、実は構造的な問題であることがわかる。これだけで、心理的な負担は軽減される。

2. 歴史的視座を得られる

現代の「しんどさ」は、歴史的に形成されたものだ。

本書を読むと、「今の苦しみ」が普遍的なものではなく、特定の歴史的条件のもとで生まれたものだとわかる。

3. 「自己啓発」への批判的視点

自己啓発本を読んでも楽にならない——そう感じている人に、本書は別の視点を提供する。

問題は「自分を変えること」ではなく、「構造を見ること」かもしれない。

注意点

本書を読む際の注意点がある。

「構造のせい」で終わらせないこと。構造を理解することは重要だが、それが「だから何もできない」という諦めにつながっては意味がない。

本書は、構造を理解した上でどう生きるかを考えるための出発点だ。

また、学術書ではないことも念頭に置くべきだ。一般向けに書かれており、議論の厳密さより読みやすさが優先されている部分もある。

誰におすすめか

  • 「なぜかしんどい」と感じている人: 構造的な理由がわかる
  • 自己啓発本に違和感を感じる人: 別の視点を得られる
  • 社会問題に関心がある人: 資本主義の歴史と構造を学べる
  • 学生・若手社会人: 「自己責任」の罠を事前に知れる

まとめ:「しんどさ」は構造の問題

本書が示すのは、現代の「しんどさ」は個人の問題ではなく、構造の問題であるということだ。

研究が示すように、新自由主義的な政策と心理的健康の低下には相関がある。「自己責任」を内面化するほど、失敗時のダメージは大きくなる。

「自分が悪い」と思い込む前に、構造を見る視点を持つこと。本書は、その手助けをしてくれる。

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西村 陸

京都大学大学院で認知科学を研究する博士課程学生。理系でありながら文学への造詣も深く、科学と文学の交差点で新たな知の可能性を探求。

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    元外資系コンサルタントから転身したライター。経済学の知識を活かしながら、健康・お金・人間関係の最適化を追求。エビデンスベースの実践的な知識発信を心がける。

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