『杏のパリ細うで繁盛記』レビュー|パリ移住を生活の目線で描く9年ぶりエッセイ
パリと聞くと、つい街のきらびやかさを先に想像してしまいます。
でも実際に暮らすとなったら、気になるのはもっと地味なことのはずです。学校はどうするのか。荷物は片付くのか。犬は新しい環境に慣れるのか。子どもが熱を出したらどうするのか。
『杏のパリ細うで繁盛記』が面白そうなのは、まさにその “地味だけど本物の生活” から逃げていないところです。新潮社の内容紹介によると、本書は36歳で海外移住を決めた杏さんが、子ども3人と犬を連れてパリで暮らし始めた日々を綴る、9年ぶりのエッセイ集です。
『杏のパリ細うで繁盛記』レビュー|まず惹かれるのは生活のリアルさ
内容紹介の最初の一文はかなり印象的です。
36歳で海外移住を決め、子ども3人と犬を連れてパリへ向かったものの、到着して気が緩んだその日から「私はポンコツになった」と書かれている。ここで一気に、理想化された移住記ではないとわかります。
海外移住エッセイは、街の美しさや発見だけを切り取ると、読み手には遠い世界の話になりがちです。でも本書は最初からつまずきと混乱が入っている。そのおかげで、パリという舞台の華やかさより、そこに暮らす人の体温が先に立ち上がるんですよね。
『杏のパリ細うで繁盛記』の見どころ|日常と非日常の振れ幅が大きい
目次を見ると、本書の面白さがよくわかります。
- 「巣作りの日々」
- 「学校がはじまった!!」
- 「ボン・バカンス!!」
- 「アカデミーに行きましょう」
- 「いとしのライバコイラ、ポチ」
この並びがすごくいいです。
家を整え、学校生活を回し、休暇に振り回されるような日常の話がある一方で、LAへ飛んでアカデミー賞授賞式に参加するような非日常も入っている。俳優としての華やかな仕事と、親として生活を回す現実が同じ本の中に置かれることで、「特別な人の普通」が見えてきます。
しかも後半には愛犬の看取りまで入っている。楽しいことだけでなく、別れや喪失まで含めて生活として描くからこそ、この本には厚みが出るはずです。
『杏のパリ細うで繁盛記』がただのパリ本で終わらなそうな理由
この本の魅力は、パリの情報量より観察の温度にあると思います。
パリ本として読むなら、観光ガイドやカルチャー紹介を期待する人もいるかもしれません。でも本書の中心は街の解説ではなく、「その街で家族とどう暮らしたか」です。だから読者が持ち帰れるのは、名所の知識より、環境が変わっても生活を立て直す感覚のほうでしょう。
それに、杏さんのエッセイは前作でも、肩に力の入っていない言葉選びが魅力でした。うまくいかないことを大げさに悲壮化せず、少し引いた距離から面白がる。このユーモアがあるから、海外移住や子育てのバタバタも、重すぎず読めるはずです。
『杏のパリ細うで繁盛記』は9年ぶりだからこそ意味がある
新潮社の紹介では、本書は9年ぶりの待望のエッセイ集とされています。
この「9年ぶり」はかなり大きいです。旅の断片や一時的な滞在ではなく、人生のフェーズが大きく変わったあとに書かれているからです。仕事の見え方も、家族との距離感も、以前とは違っているはず。その変化がパリ移住という出来事に重なることで、単なる近況エッセイ以上の読みごたえが出ると思います。
特に今回は、子どもたちの成長や愛犬との時間、これから叶えたいことまで含まれている。過去を振り返るだけでなく、今後の人生へ視線が伸びている点も、この本の奥行きになりそうです。
『杏のパリ細うで繁盛記』が向いている人
- 海外移住のきれいごとではない生活記を読みたい人
- 旅エッセイより、暮らしの手触りがある本が好きな人
- 仕事と家族の両方を抱えた日々を軽やかに読みたい人
- 杏さんの文章や視点が好きな人
『杏のパリ細うで繁盛記』まとめ
『杏のパリ細うで繁盛記』は、パリという憧れの街を舞台にしながら、読後に残るのはもっと身近な生活の感触になりそうな本です。
子ども3人と犬を連れての移住。自転車の猛特訓。学校生活の立ち上げ。アカデミー賞という非日常。愛犬との別れ。こうしたエピソードが同じ時間の流れの中に置かれることで、華やかさと泥くささが両方見えてくる。そのバランスが、このエッセイのいちばんの魅力だと思います。
旅情よりも生活のリアリティを読みたい人には、かなり相性のいい一冊です。
