第二言語習得の認知科学!脳が解明する英語学習の挫折メカニズムと効果的な習得戦略
87.4%が挫折—脳科学が解明するその理由
「英語学習を始めたけれど、続かなかった」
この経験を持つ人は少なくないでしょう。興味深いことに、ビズメイツの調査によると、英語学習経験者の87.4%が挫折を経験しており、その81.4%が3ヶ月以内に学習をやめています。
では、なぜこれほど多くの人が挫折するのでしょうか。本稿では、第二言語習得理論(SLA: Second Language Acquisition)と脳科学の視点から、英語学習のメカニズムを解明します。
- インプット仮説: クラッシェンの「i+1」理論
- 臨界期仮説: 大人でも英語は習得できるのか
- アウトプット仮説: 話すことの科学的意義
これらはプログラミング学習の認知科学で解説した認知負荷理論やチャンキングとも深く関連しています。
著者: 白井恭弘
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インプット仮説—クラッシェンの「i+1」理論
第二言語習得研究の革命
1970年代から1980年代にかけて、南カリフォルニア大学のStephen Krashenは、第二言語習得研究において最も影響力のある理論を提唱しました。それがモニターモデルと呼ばれる5つの仮説です。
中でもインプット仮説は、言語習得の核心を突く重要な理論です。
「i+1」とは何か
クラッシェンによれば、言語習得は学習者の現在のレベル(i)よりわずかに高いレベル(i+1)の理解可能なインプットを大量に浴びることで進むとされています。
| レベル | 効果 |
|---|---|
| i+0(現在のレベル) | 学習にならない |
| i+1(少し上) | 最適な習得が起こる |
| i+2以上(難しすぎる) | 理解できず習得されない |
仮説ですが、これはファスト&スローで解説したSystem 1(直感的思考)とSystem 2(論理的思考)の関係にも通じるかもしれません。無意識的な言語習得(System 1)と意識的な文法学習(System 2)は、脳内で異なるプロセスとして機能しているのです。
習得と学習の違い
クラッシェンは「習得(acquisition)」と「学習(learning)」を明確に区別しました。
- 習得: 子供が母語を身につけるような、無意識的なプロセス
- 学習: 教室で文法規則を覚えるような、意識的なプロセス
興味深いことに、自然なコミュニケーションでは「習得」された知識が使われ、「学習」された知識は発話の「モニター」として機能するとクラッシェンは主張しています。
臨界期仮説—大人でも英語は習得できるのか
レネバーグの発見
1967年、神経言語学者Eric Lennebergは著書『Biological Foundations of Language』で**臨界期仮説(Critical Period Hypothesis)**を提唱しました。
この仮説によれば、言語習得には臨界期が存在し、この時期を過ぎると言語を完全に習得することが難しくなるとされています。
科学的根拠
Lennebergは後天性の小児性失語症の回復過程を研究しました。データによると、発症年齢が高くなるにつれて言語能力の回復速度は遅くなり、12〜13歳を超えると完全な回復が難しくなることが判明しました。
これは脳の**側性化(lateralization)**と関連しています。脳の成熟に伴い、左脳と右脳がそれぞれ担う機能が決まり、言語領域が損傷を受けた場合に他の領域が代替することが困難になるのです。
敏感期という新しい視点
しかし、近年の研究では「臨界期」という概念に対する批判も出ています。脳の可塑性(plasticity)はある時期を境に完全になくなるわけではなく、周囲の刺激に対してより敏感に反応する時期があるという考え方が主流になりつつあります。
このため、「臨界期(critical period)」の代わりに「敏感期(sensitive period)」という用語を使う研究者も増えています。
アウトプット仮説—話すことの科学的意義
スウェインの反論
1985年、カナダの言語学者Merrill Swainは、クラッシェンのインプット仮説に対する補完・批判としてアウトプット仮説を提唱しました。
カナダのフランス語イマージョン教育の研究から、スウェインは「インプットだけでは不十分であり、アウトプットが言語習得に不可欠である」と主張しました。
アウトプットの3つの機能
スウェインによれば、アウトプットには以下の3つの重要な機能があります。
-
気づき機能(Noticing Function)
- 自分の言語能力のギャップに気づく
- 「言いたいのに言えない」という経験が学習を促進
-
仮説検証機能(Hypothesis-Testing Function)
- 自分なりの仮説を試してフィードバックを得る
- 相手の反応から正しさを確認
-
メタ言語機能(Metalinguistic Function)
- 言語について意識的に考える
- 文法知識の整理と定着
これは記憶術の認知科学で解説した「テスト効果」とも関連しています。アウトプット(想起)することで記憶は強化されるのです。
インタラクション仮説—対話の重要性
ロングの発展
1983年、Michael Longはインプット仮説を発展させる形でインタラクション仮説を提唱しました。
この理論によれば、対話者との**意味交渉(negotiation for meaning)**が言語習得を促進します。つまり、相手に理解されなかったときに「えっ?」「どういう意味?」と聞き返されるプロセスが、習得に重要な役割を果たすのです。
修正されたインプットの価値
意味交渉を通じて得られる「修正されたインプット」は、以下の3つの形態を取ります。
- Foreigner talk: ネイティブが学習者に合わせて簡単な表現で話す
- Teacher talk: 教師が学習者のレベルに合わせた内容で話す
- Interlanguage talk: 異なる母語を持つ学習者同士が会話する
バイリンガル脳研究—最新の神経科学的知見
二つの言語は脳内で独立している
東京大学の池谷裕二教授らの研究によると、バイリンガルの脳をMRIで調べると、英語を使っているときとスペイン語を使っているときでは異なる脳領域が活性化することがわかっています。
つまり、二つの言語はそれぞれ独立した脳回路で獲得されているのです。
脳の可塑性は継続的な接触で維持される
ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所の研究によると、短期間(30日間)であっても一方の言語への接触量が減ると、言語をコントロールする脳領域が新しい環境に適応することが示されています。
逆に言えば、継続的な二言語接触が言語コントロール能力を維持するために重要なのです。
第二言語習得を科学的に学ぶおすすめ書籍
1. 外国語学習の科学(白井恭弘)
SLA研究の入門書として最適な一冊です。クラッシェンのインプット仮説や臨界期仮説など、主要な理論を平易に解説しており、科学的学習の土台を築けます。累計10万部超のベストセラーです。
2. 脳科学的に正しい英語学習法(加藤俊徳)
著者: 加藤 俊徳
1万人以上の脳画像を解析した医師による、8つの「脳番地」の特性を活かした英語学習法。自分に合った学習スタイルを見つけるのに役立ちます。
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アメリカでMRI研究に携わり、1万人以上の脳画像を解析した医師による著作です。聴覚優位・視覚優位など、個人の脳の特性に合わせた学習法を提案しています。
3. 英語学習の科学(中田達也・鈴木祐一 編著)
31のQ&A形式で、学習者が抱く具体的な疑問に各分野の専門家が回答しています。理論と実践の橋渡しとなる一冊です。
4. はじめての第二言語習得論講義(新多了・馬場今日子)
大学の講義のような形式で、学習者の動機付けや適性など、心理的な側面も詳しく解説しています。
5. チョムスキー入門(町田健)
人間は生得的に言語の普遍的なルール(普遍文法)を脳内に持っていると説いたノーム・チョムスキー。彼の理論はSLAの議論の出発点でもあります。
脳科学に基づく3つの学習戦略
戦略1: 理解可能なインプットの最大化
インプット仮説に基づき、自分のレベルより少し上(i+1)の英語素材を大量に浴びましょう。
実践方法
- 多読・多聴の習慣化: Graded Readers(レベル別読み物)から始める
- 興味のある分野を選ぶ: 動機を維持するために好きなトピックで学習
- 理解度7-8割の素材: 完全に理解できる必要はない、文脈から推測できる程度
戦略2: アウトプットの機会を作る
アウトプット仮説に基づき、話す・書く機会を意図的に作りましょう。
実践方法
- シャドーイング: 聞こえた英語を即座に真似る練習
- 独り言英語: 日常の出来事を英語で声に出す
- オンライン英会話: 意味交渉の機会を確保
戦略3: 情意フィルターを下げる
クラッシェンの情意フィルター仮説に基づき、不安やストレスを軽減する環境を整えましょう。
実践方法
- 完璧主義を手放す: 間違いは学習の一部と認識
- 小さな成功体験を積む: 達成可能な目標から始める
- コミュニティに参加: 同じ目標を持つ仲間と学ぶ
これは副業の認知負荷管理で解説した「認知リソースの分散」とも関連しています。心理的な負担を軽減することで、学習に集中できる状態を作れるのです。
まとめ—認知科学の視点で英語学習と向き合う
本稿では、第二言語習得理論と脳科学の視点から英語学習のメカニズムを解説しました。
重要なポイントを振り返ります。
- 挫折率87.4%: 英語学習者の多くが3ヶ月以内に挫折
- インプット仮説: 「i+1」の理解可能なインプットが習得を促進
- 臨界期仮説: 大人でも習得は可能だが、敏感期は存在する
- アウトプット仮説: 話すことで「気づき」が生まれる
- 脳の可塑性: 継続的な言語接触が能力を維持
「英語は才能がないと習得できない」という考えは、科学的には支持されていません。脳科学が示すのは、適切な方法で継続的に学習すれば、大人でも第二言語を習得できるという希望です。
クラッシェンが強調したように、まずは「理解可能なインプット」を大量に浴びること。そしてスウェインが主張したように、アウトプットの機会を作ること。この両輪を回すことで、脳は新しい言語を習得していきます。

