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レビュー

『聲の形(1)』は、聴覚障害のある転校生・西宮硝子と、かつて彼女を傷つけた石田将也の物語です。ただし、これは単純な「いじめ反省もの」ではありません。1巻で描かれるのは、誰かひとりの悪意だけで成立する問題ではなく、教室全体の空気、見て見ぬふりをする大人、周囲に合わせて残酷さを増幅させる子どもたちの構造です。そして、その中心にいた将也がやがて同じ教室の中で孤立し、高校生になってから硝子に向き合おうとするところまでが、大きな流れとして積み上がっていきます。

最初に強く感じるのは、この作品が「わかりやすい加害者」と「完全に無垢な傍観者」に世界を分けないことです。小学生の将也は確かに硝子をいじめます。補聴器を壊すような行為までエスカレートし、読んでいてかなり苦しい。しかし物語は、彼ひとりを切り離して終わりません。周囲の子どもたちも教室の空気に乗り、都合が悪くなると責任を将也へ押しつける。さらに教師の振る舞いも含めて、誰が何を見落としたのかが少しずつ見えてきます。この広がりがあるから、『聲の形』は個人の後悔だけでなく、集団の残酷さを描く作品として立ち上がります。

1巻の構成で特にうまいのは、過去のいじめを描くだけで終わらず、高校生になった将也の現在へ接続するところです。将也は過去をなかったことにして前へ進んでいるわけではありません。むしろ、人と関わること自体が苦しくなり、孤立の側に落ちている。そのうえで、硝子と再会しようと動き出す。ここで作品は、単なる告発や糾弾から一段先へ進みます。過ちを犯した人間は、その後どうやって生き直せるのか。1巻はその問いを真正面から置いてきます。

硝子の描かれ方も非常に重要です。彼女は「可哀想な被害者」として固定されていません。聞こえないことによる困難がある一方で、相手に合わせようとしすぎてしまう危うさもあり、その優しさが周囲に誤解されることもあります。だからこそ、読者は彼女を抽象的な象徴ではなく、具体的なひとりの人物として受け止めることになります。将也と硝子の関係は、「謝れば終わる」関係ではない。その当たり前の重さを、この巻はとても丁寧に描いています。

読みどころのひとつは、コミュニケーションが「言葉を発したかどうか」ではなく、「相手の世界を想像しようとしたかどうか」で決まると分かる点です。硝子は声だけでは十分に伝えられない場面が多く、周囲も彼女の意図を簡単には汲み取れません。けれど本当に問題なのは、聞こえるか聞こえないかだけではなく、分かろうとする努力の有無なのだと見えてきます。将也が小学生時代にそれを全く持てなかったこと、そして高校生になってからようやくその欠如に直面することが、作品の核になっています。

大今良時の絵も見事です。露骨な説明台詞に頼らず、視線の外し方、沈黙の置き方、表情が崩れる瞬間で感情を読ませるので、ページをめくるたびに痛みがじわっと残ります。特に教室の場面は、誰が何を言ったか以上に、誰が笑っていたか、誰が見ていたか、誰が見ていなかったかが刺さる。読者自身にも「自分ならあの場でどうしたか」を突きつけてくる強さがあります。

この作品を読むと、いじめをテーマにした漫画がなぜ難しいのかも分かります。下手をすると説教か消費になってしまう題材なのに、『聲の形』はそのどちらにも寄りかかりません。将也の罪を軽く扱わない一方で、彼を「終わった人間」として切り捨てもしない。硝子の苦しみを真正面から描きながら、彼女をただの記号にもしていない。そのバランスの取り方が本当にうまいです。

この本を読んで特によかったのは、1巻だけですでに「贖罪」と「再生」が簡単な言葉ではないと分かるところでした。誰かを深く傷つけた事実は消えませんし、会いに行けばそれで許されるわけでもない。それでも会いに行くしかない人間の弱さと必死さが、将也にはあります。その不器用さがあるから、読者は彼を簡単に嫌い切れず、同時に安易にも許せません。この揺れが作品に厚みを与えています。

『聲の形(1)』は、青春漫画として読んでも、人間関係の失敗を描く作品として読んでも、かなり強い導入巻です。重い題材ではありますが、重いからこそ目をそらさずに描いた意味がある。コミュニケーション、偏見、集団心理、そして生き直しの難しさ。そうしたテーマに関心がある人なら、1巻の時点でかなり引き込まれるはずです。名作として長く読まれている理由が、最初の一冊ではっきり分かる作品でした。読み返すほど見え方も変わります。今でも鋭いです。

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