レビュー
映画の感動を「読む」形で再体験する。2008年作品の完全まんが化
『映画ストーリー ドラえもん のび太と緑の巨人伝』は、2008年の映画『ドラえもん のび太と緑の巨人伝』を、映画ストーリーとしてまんが化した1冊だ。月刊コロコロコミック2008年2月号・3月号の特別別冊付録として掲載されたものに、描き下ろし30ページを加えた保存版、という位置づけになっている。
映画を見た人には、シーンの流れを紙の上で追い直せるのが嬉しい。未視聴の人でも、ストーリーが「映画向けの起伏」で組まれているので、テンポよく読める。いわゆる大長編ドラえもんの読み味に近いが、映画原作らしい大きな感情の山がはっきりしている。
苗木と「植物自動化液」。キー坊が家族になるまでが丁寧に描かれる
物語の入口は小さく、日常に寄っている。ある日、のび太は裏山の不法投棄の場所で小さな苗木を見つけ、家へ持ち帰る。ただ、ママから庭に植えることを止められてしまう。困ったのび太がドラえもんへ相談すると、ひみつ道具の「植物自動化液」が出てくる。
この液は、植物を自由に動けるようにする道具だ。液をかけた翌朝、苗木は動けるようになり、のび太は「キー坊」と名付けて弟のように可愛がる。キー坊が家族として受け入れられていく過程が、この作品の温度を作る。
ドラえもん映画は冒険の派手さに目が行きがちだが、本作は「守りたい存在ができる」過程を先に積む。だから後半の展開で、危機がただの事件ではなくなる。
緑の星と地球人絶滅計画。善意の顔をした暴力がテーマになる
冒険が動くのは、謎の物体を追う流れからだ。のび太たちは植物型宇宙人が住む惑星「緑の星」へ迷い込む。そこで一行は、地球の植物を緑の星へ移住させるため、地球の人類を根絶やしにするという企みを知る。名前は「地球人絶滅計画」だ。
ここが、この作品の骨だと思う。環境を守る。植物を守る。その大義名分が、簡単に人間排除へ傾く。善意の旗を掲げた暴力は、現実でも起きる。子ども向けの物語なのに、その怖さを隠さない。
緑の星の女王リーレは、政治の重さを背負いきれない少女として描かれる。大臣シラーは計画を進める側に立つ。正義のつもりの暴走と、対話の不在が、世界を壊す方向へ向かう。
「緑の怒り」という言葉が刺さる。被害者が加害者になる回路を見せる
作中では、地球の植物を救うという名目の裏に、地球人へ罰を与える発想が見え隠れする。植物を傷つけてきた人間への怒り。その怒りが、絶滅計画という結論へ飛ぶ。ここは単純な悪役ではなく、傷の反射として描かれている。
だから、地球側が正義で、緑の星側が悪、と簡単に割り切れない。のび太たちも、植物を大切にしているつもりで、雑に扱ってきた場面がある。キー坊を守る気持ちが、地球と緑の星を繋ぐ「対話の材料」になる。この設計が上手い。
タンマウォッチの時間停止。間に合うかどうかの緊張が生まれる
地球へ戻った一行は、地球全土が緑に覆われている光景に直面する。人類は滅びたのか、と絶望が入る。ただし、ここでひみつ道具が効く。緑の星へ飛ばされた際にポケットからこぼれたタンマウォッチの効果で、地球全土の時間が止まっていることが分かる。
つまり、まだ間に合う。ここから物語は「阻止」に切り替わる。緑の巨人の復活を止めるため、キー坊の救出へ向かう。時間停止というルールがあることで、焦りが具体的な緊張に変わる。読者も一緒に「急げる」構造になっている。
いちばん苦しい場面は、キー坊の誤解から生まれる
キー坊は生贄として誘拐されるが、のび太の呼びかけで脱出する。ただ、その直後、キー坊の目の前に、かつて一緒に遊んだ女の子の持ち物であるジョーロが落ちている。キー坊は女の子が死んだと誤解し、悲しみと怒りが緑の巨人を覚醒させてしまう。
ここがつらい。敵に操られるより、善い存在が「誤解」で暴走する方が、読後感に残る。のび太はただ救おうとする。リーレも協力する。対立を殴り合いで終わらせず、対話と救出でほどいていく。その選択が、ドラえもんらしい。
最終的に計画は撤回され、キー坊は緑の星に残る道を選ぶ。別れの場面は、家族になった時間が長いほど刺さる。
類書との比較
映画ストーリーシリーズの中でも、「環境テーマ」と「家族」が近い。
映画ドラえもんの類書は、海・宇宙・恐竜・魔法など、舞台のギミックで魅せる作品が多い。本作も「緑の星」「緑の巨人」という大ギミックがある。ただ、中心は冒険より、キー坊という家族だ。
映画ストーリーのシリーズとして見ても、追加の描き下ろしを含む完全版で、映画の起伏をそのまま漫画の呼吸へ落としている。環境テーマを扱いながら、説教ではなく、身近な存在を守る気持ちで読ませる点が強い。
こんな人におすすめ
- 映画の感動を漫画で追い直したい人
- 子どもと一緒に「守るって何か」を考えられる物語を探している人
- ドラえもん映画の中でも、植物や環境のテーマが好きな人