レビュー
概要
東京の下町にある老舗の居酒屋「のぶ」が、扉を通じて異世界都市イーテリアの路地に繋がり、現地の貴族や騎士たちが一皿一皿を求めてやってくる。メニューはおでん・揚げ出し豆腐・ポテトサラダといった日本の家庭の味で、酒とともに「生きた味わい」が会話とともに届けられる。異世界人の食のタブーが1つずつ破られていくさまは、まるで食文化の異種交配を観察するフィールドワークのようだ。
読みどころ
第一巻で描かれるのは、どうにかして新鮮な根菜を確保し、自国の調味料に合った出汁を抽出し、ときには魚の扱い方をゼロから教える過程。厨房の描写は香りや温度差を想像させるほどリアルで、読者は「異世界特有の感覚器官」や「彼らが食べてきた歴史」を想起できる。作中ではオーナーの渡世人・店主が「味を通してお互いを観察する」と話すが、社会心理学では共有食によって社会的なカテゴリー意識が再構築され、食卓の共通規範が人と人の距離を縮めることが確認されている(doi:10.1016/j.jesp.2019.02.002)。のぶの料理はまさにこの原理を応用しており、テーブルに座るだけで自己イメージの再形成が始まる。
類書との比較
食品で異世界をつなぐ作品としては『異世界食堂』があります。あちらは“異世界人が来る閉じた洋食店”で、のぶとは異なり自分たちで素材を採取し、調理を教えるため外でも調理場が展開される点に特徴があります。『異世界食堂』は食卓の静けさを味わう作りですが、『のぶ』は厨房の騒がしさ、裏方の諍い、食材調達の労苦をドラマに変えています。もう1つの比較対象は『キノの旅』の食編で描かれる「旅先の国と料理が結びつくタイミング」です。ただし、『のぶ』は船乗りではなく、定点に据えた居酒屋なので長期的に文化を育てられる点で差別化されています。
こんな人におすすめ
- 食文化研究をライフゴールに組み入れている人
- 文化的距離を埋める現場のリアリティを知りたい読者
- 短編的に1話完結する構造が好きな人
- 異世界モノにおいて「役割分担した共同作業」の描写を求める人
感想
登場人物のひとりが「仁義を尽くせば、言葉の壁がなくなる」と語る場面がとても印象的だった。目先の冒険よりも、料理人としての矜持や丁寧な準備を描写することで、読み手は異世界人たちの変化を膨らませられる。続巻では、旅団の熟練者や宗教的な制約を持つ客との衝突が予告されており、将来は単なる「食べ物の紹介」以上に「記憶と慣習の交差点」を描く作品になるだろう。