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レビュー

概要

『この音とまれ!』1巻は、箏曲部を題材にした青春漫画ですが、導入で読者を引っ張るのは演奏の派手さよりも「部を残せるか」という切実さです。先輩たちが卒業し、部員は武蔵ひとり。廃部寸前の状態で新入生を集めなければならないところへ、学校中から危ない生徒だと思われている久遠愛が突然入部希望を出します。ここで始まるのは、才能の披露より前に、まず同じ部屋にいられる関係を作れるのかという物語です。

1巻で特にうまいのは、箏という読者にとってなじみの薄い楽器を、知識の壁ではなく人間関係の装置として使っている点です。箏の専門用語を大量に覚えなくても、楽器を大切に扱う態度、部室の空気、音を合わせる前のぎこちなさから、物語の核が自然に伝わってきます。演奏シーンに入る前から、部活漫画としての緊張感が成立しています。

読みどころ

1. 部活の立て直しが、きれいごとで進まない

武蔵は善人ですが、有能なリーダーとしては始まりません。部を守りたい気持ちは強い一方で、愛を受け入れるべきかどうか迷い、周囲の視線にも引っ張られます。この揺れがあるからこそ、武蔵の判断に現実味があります。最初から正しい人が人を導く話ではなく、責任を負わされた側が迷いながら前に出る話として読めるのが良いです。

2. 久遠愛が「誤解された不良」で終わらない

愛は見た目や過去の評判で警戒される人物ですが、1巻ではそのラベルの内側にある事情が少しずつ見えてきます。なぜ箏曲部にこだわるのか、なぜ乱暴に見える振る舞いの中に妙な律義さが残っているのか。作品は彼を単純な更生キャラとして処理しません。周囲の偏見を否定するだけではなく、本人にも未熟さや危うさがあることを残したまま描くので、人物像に厚みが出ています。

3. 「合奏の前」に必要なものを丁寧に描く

この作品の面白さは、上手な演奏に到達する前段階を飛ばさないところです。楽器に触れる資格をどう作るか、部としての最低限のルールをどう揃えるか、信用されていない人間がどうやって居場所を作るか。こうした地味な工程があるから、後の演奏に意味が宿ります。1巻はまさにその助走を描く巻で、読者は音が鳴る前から感情を持っていかれます。

4. 箏という題材が、作品の静かな熱量を支えている

ロックや吹奏楽を扱う部活漫画と違って、箏にはもともと静けさや所作の美しさがあります。本作はその特性を利用して、怒鳴り合いや対立の場面すらどこか張りつめた空気の中で見せます。題材の珍しさで目を引くだけではなく、作品全体のテンポや感情の出し方まで支えているのが上手いです。

類書との比較

音楽漫画は、天才的な演奏や大会の結果を早い段階で見せる作品も多いですが、『この音とまれ!』1巻はかなり慎重です。まず部が成立しなければ音は鳴らない、という順番を崩しません。そのため、演奏技術の成長を主軸にした作品よりも、チーム形成や信頼構築に重心があります。

また、学園ものにありがちな「本当はいいやつだからすぐ仲間になる」という近道も選びません。誤解はしつこく残り、信頼は一気に成立しません。この遅さがむしろ効いていて、青春漫画としての熱さに実感が出ています。

こんな人におすすめ

  • 部活漫画やチーム再建の物語が好きな人
  • 音楽経験がなくても読める青春作品を探している人
  • 先入観を超えて人と向き合う話に惹かれる人
  • 成長物語の「助走」を丁寧に描く作品が好きな人

読後に活かせる視点

『この音とまれ!』1巻は、学生の部活に見えて、協働の基本をかなり実務的に教えてくれます。

  1. 第一印象だけで人を固定しない 評判や見た目で人を決めつけると、協力できる相手まで失います。判断を更新するためには、継続的な行動を見るしかありません。
  2. 目的が揃わないと技術は活きない 上手い人を集めても、何を守りたいのかが揃っていなければ組織は機能しません。1巻はその順序を崩しません。
  3. 信頼は感情より作業で積み上がる 時間を守る、準備をする、物を大切に扱う。そうした基本動作の反復が、結果的にチームの空気を変えていきます。

感想

この1巻を読んで強く感じたのは、音楽が人を救う前に、人がまず他者と同じ場所に立てるようにならなければいけないということでした。演奏の感動だけを切り取る作品ではなく、その手前にある不信、偏見、責任の押し付け合いまで見せるから、物語に厚みが出ます。

特に良かったのは、愛を「実はいいやつでした」で終わらせない点です。本人の乱暴さや不器用さも残したまま、それでも箏に向かう理由があることを見せるので、読者は簡単に消費できません。同時に、武蔵も正しさだけで人を導けるわけではなく、迷いながら責任を取る側として描かれます。この二人の不安定さが、1巻の緊張感を支えています。

『この音とまれ!』1巻は、箏曲部の青春漫画である以上に、チームが立ち上がる直前のもっとも不格好な時間を描いた巻でした。人間関係がまだ整っていないからこそ、次に鳴る音を確かめたくなる。続巻への引きとしても非常に強く、部活漫画の導入巻としてかなり完成度の高い1冊です。

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