レビュー
概要
『どうぞのいす』は、森の中に置かれた小さな椅子をめぐって、動物たちの「どうぞ」が連鎖していく絵本です。うさぎが椅子を作り、「どうぞのいす」と書いた札を添えて森へ置く。そこから先は、誰かの親切が、別の誰かの親切を呼びます。
読みどころ
- 「どうぞ」のひと言で、世界がやさしく回り始める
- “置く”と“受け取る”が同じ場面で起きる気持ちよさ
- 柿本幸造さんの絵がつくる、静かな森の空気
物語のしかけ(「とりかえっこ」が生む想像力)
この本の面白さは、椅子そのものよりも、椅子に添えられた札がポイントだという点です。「どうぞのいす」。たったこれだけで、そこは“誰かのもの”ではなく、“みんなの場所”になります。いわゆる共有スペースを作る話ですが、難しい説明はありません。札を見た動物たちが、自分で考えて動く。それだけです。
たとえば、ろばが椅子に「どんぐりの入ったかご」を置いて眠ってしまう場面。ここは読み聞かせでも盛り上がりやすいポイントです。眠っている間に何かが起き、目が覚めるとかごの中身が「くり」に変わっている。子どもにとっては「えっ、どうして?」が自然に湧く瞬間で、物語に自分から入り込めます。
この“入れ替わり”が一度起きると、あとは連鎖です。次に来た動物は、目の前にあるものを見て「どうぞ」だと思って受け取る。でも、何も置かずに去るのは気が引ける。だから、自分が持っているものを置いていく。結果的に、置かれていたものは別のものに変わり、次の動物へ渡る。ここで描かれているのは「良い行いをしよう」ではなく、「このままじゃ悪いな」「誰かが困るかも」という、日常的な感覚です。
読み聞かせで試したいこと
読み方のコツは、札を読むときに少し間を空けることです。「どうぞのいす」と読んでから、椅子の絵を指でなぞるように見せる。すると“座りたくなる気持ち”が立ち上がります。そのあとで動物が来ると、子どもは「座るの?」「置くの?」と、次の行動を予想し始めます。
もう1つは、ろばが寝てしまう場面で「今のうちに誰か来るかな?」と小声で聞いてみること。見ている側が“秘密を知っている”空気になるので、ページをめくるワクワクが増えます。長い説明は不要で、問いかけは短くて十分です。
類書との比較
譲り合いをテーマにした絵本はたくさんありますが、本書は説教っぽさがほとんどありません。行動の連鎖を追ううちに「こういうやさしさ、ある」と自然に腑に落ちるタイプです。絵と言葉の余白が多い分、読み聞かせる側が子どもの反応に合わせて間を作れます。
こんな人におすすめ
- 読み聞かせで「ありがとう」「どうぞ」を育てたい人
- 小さな出来事から、思いやりのイメージを広げたい子
感想
この絵本の好きなところは、やさしさを“交換条件”にしないところです。動物たちは、札の「どうぞ」を受け取って行動しますが、同時に「このままじゃ悪い」と感じて、自分の持っているものを置いていく。その自然さが、いちばん胸に残りました。
物語の中心は、うさぎが森に置いた椅子と札です。 椅子は派手じゃありません。けれど、その素朴さがあるからこそ「ここに座っていいんだ」「ここに置いていいんだ」という安心が生まれます。親切を受け取るときの、ちょっとした照れや戸惑いも、子どもが理解できる形に変換してくれる。
印象的なのは、ろばが椅子に“どんぐりの入ったかご”を置き、木の下で眠ってしまう流れです。その間に、誰かがかごの中身を入れ替え、目が覚めたときには“くり”になっている。ここで起きているのは、単なる「取られた/取った」ではありません。誰かが受け取り、別の何かを置いていく。だから、結果は“損”ではなく、“つながり”として残ります。
読み聞かせで試してよかったのは、椅子が出てくるたび、子どもへ「ここに座ってみる?」と聞いてみることです。実際に座る必要はなく、気持ちの上で座ってみるだけでいい。すると「どうぞ」の意味が、「言葉」から「体験」に変わります。次の動物が来たときは、「この子は何を置くかな」と予想する遊びもできます。
道徳の授業みたいに“正しさ”を押しつけないのに、読み終えたあとに空気がやわらかくなる。日常で「どうぞ」と言う場面が増えるタイプの絵本だと感じました。
あとから読み返すと、椅子の周りの小物や、動物たちの表情の“やわらかさ”が効いていることにも気づきます。大げさに泣かせない、派手に笑わせない。けれど、確実に心を温める。そんなバランスがあるから、親子で繰り返し読んでも飽きにくいロングセラーなのだと思います。
「どうぞ」と言われたとき、受け取るだけで終わらせない。その姿勢を、物語の形でそっと手渡してくれる一冊です。寝る前の定番にも向きます。