レビュー
概要
『上達するヒント』は、将棋の技術書でありながら、定跡や手筋を丸暗記させる本ではありません。将棋を「どんなゲームとして捉え、どう判断するか」という“考え方の型”を丁寧に解説していきます。内容説明には「初心者〜四段」とありますが、初心者が読んでも置いていかれにくいのは、個別の局面よりも判断基準を先に示してくれるからです。
本書の目次には、「基本方針と形勢判断」「構想」「主戦場」「玉の安全度」「厚み」「スピード」「進展性」「陣形」など、将棋を語るときの軸になる言葉が並びます。読んでいると、対局中の迷いが「読みの浅さ」だけでなく、「判断の基準が揺れている」ことから起きるのだと気づかされます。
内容(目次から見える具体)
形勢判断:四つの判断基準
将棋を指していて一番困るのは、「この局面は良いのか悪いのかが分からない」状態です。本書は最初に、形勢判断の基準を置き、そこから各論に入っていきます。ここを最初に押さえることで、手の候補が複数出たときに、どの方向へ進むべきかが見えやすくなります。
構想:その方向性は正しいか
次に出てくるのが構想です。将棋は、部分の損得だけを追うと、全体の狙いが失われます。本書は、局面の意味を「いま何を目指しているのか」という言葉に置き換えます。読みの速さよりも、方向性の正しさ。ここを意識すると、対局後の振り返りもやりやすくなります。
歩と駒のぶつかり:駒の力、損得のバランス
「歩の下に駒を進める」「駒がぶつかったとき」といった章題は、実戦の匂いが強いです。歩が進むと、駒の働きが変わる。駒がぶつかると、局面の損得が動く。このあたりは、単発の手筋ではなく、局面が変化する“理由”を説明してくれます。
位取り・主戦場・玉の安全度:戦う場所を選ぶ
五段目の歩の力(位取り)や、主戦場の選択、囲いの強さと囲うタイミング(玉の安全度)などは、将棋を「盤面全体のゲーム」として捉え直す章です。攻めるか守るか、どこで戦うか。これを決めきれないと、手が遅れます。本書は、その迷いを言語化してくれます。
さばき・厚み・スピード:質の勝負にする
「さばきについて―量より質のテクニック」「厚みについて―戦わずして勝つ方法」「スピードについて―将棋の質が変わる」といった章題は、上達の核心に触れている感覚があります。たくさん読んでも勝てないとき、足りないのは量ではなく質。本書はその方向へ視点を切り替えます。
特に「攻めの継続」「指し切りの局面を作らない」という言い回しは、攻めが途切れがちな人に刺さります。攻めるなら攻め切るのではなく、相手に“受け続けさせる”形を作る。ここが分かるだけで、攻めの怖さが変わります。
進展性・陣形:自分と相手の伸びしろを見る
終盤に出てくる「進展性」や「陣形」は、将棋の将来価値を考える視点です。いまの得だけでなく、これから伸びる形かどうか。相手の伸びしろを潰せているか。陣形は必ず崩されるという覚悟。こうした言葉は、実戦を重ねるほど重みが出てきます。
感想
この本の良さは、「羽生の言葉」が効く、という紹介文の通り、判断の仕方が整理されていくことです。棋書を読んでも実戦で再現できないとき、原因は手が覚えられていないことだけではありません。どの要素を重視して判断するかが揺れている。本書は、その揺れを小さくしてくれます。
定跡の暗記に疲れた人や、局面の方針が定まらずに時間を使ってしまう人にとって、上達の“背骨”を作ってくれる一冊です。
本書の使い方(上達に直結させる)
本書の内容は、読んで納得して終わると効果が薄いです。おすすめは、目次の言葉をそのまま「振り返りの項目」にすることです。
たとえば対局後に、次の順番で自分の将棋を点検します。
- 形勢判断:4つの判断基準に照らすと、どこで評価が変わったか
- 構想:自分の方向性は途中でぶれていなかったか
- 主戦場:戦う場所を自分で選べていたか、相手に選ばされていないか
- 玉の安全度:囲いの強さとタイミングをどう判断したか
- さばき・厚み・スピード:量ではなく質で戦えていたか
- 進展性:自分と相手の伸びしろをどう見積もったか
こうして言葉にしていくと、「読み負け」だと思っていた負けが、実は主戦場の選択や構想のズレから始まっていることが見えてきます。上達の“原因”が特定できるだけで、次にやる練習が変わります。
注意点
局面図や手順を追いかけるタイプの本ではないので、即効性のある手筋集を求める人には向きにくいかもしれません。逆に、棋力が伸び悩んでいる時期や、対局で同じ負け方を繰り返している時期ほど、判断の軸を整える本書の価値が出ます。
「厚み」「さばき」「進展性」など、言葉としては知っていても実戦では曖昧になりがちな概念を、自分の対局とつなげて考えられるのがこの本の良さです。読みながら「今の自分は何を優先して指しているか」を確認するだけでも、負け方が変わっていきます。