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レビュー

概要

『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』は、記憶術のハウツー本であると同時に、記憶という能力の正体を追うルポでもある。著者ジョシュア・フォアは、もともと特別な記憶力を持っていたわけではない。記憶競技の取材をきっかけに、自分でも訓練を始め、場所法やイメージ化の技術を使って全米記憶力選手権の優勝に至る。その過程を、競技の面白さと認知科学の背景を絡めながら描いていく。

この本の面白さは、「すごい才能の人の話」で終わらないところだ。人は覚える力そのものが弱いのではなく、思い出しやすい形に変換していないだけかもしれない。そう気づかせてくれる。数字やカードの記憶競技という一見特殊な世界を入り口にしつつ、日常の学習、読書、仕事の記憶までつながっていく。

読みどころ

読みどころは、記憶術が単なる裏技ではなく、「意味のない情報を意味のある像へ変える技術」として説明される点だ。たとえば有名な場所法は、自宅や通勤路のようなよく知っている空間に、覚えたい情報を順番に置いていく。この方法自体は古典的だが、本書ではなぜそれが効くのか、なぜ奇妙で感情の強いイメージほど残りやすいのかまで納得できるように語られる。

また、記憶競技の世界そのものもかなり面白い。トランプの順番、長い数字列、名前と顔の一致など、普通なら苦戦する課題に挑む人たちが出てくる。超人譚というより、技術の反復と集中の作り方が描かれる。著者が少しずつ伸びていく過程も描かれるので、読者も自分事として読みやすい。

終盤では、記憶の話が人間の注意力や教養の話へ広がっていく。忘れやすいのは、記憶力が弱いからというより、そもそもちゃんと見ていない、十分に意味づけていないからかもしれない。ここは単なる記憶本以上の読み応えがある。覚える技術を学びながら、現代人の注意散漫さまで考えさせられる。

記憶の宮殿のような古典技法が、デジタル時代にもまだ有効だと分かるのも面白い。外部記憶に頼れる時代だからこそ、頭の中に残す価値があるものは何かという問いが立ち上がる。単に試験や競技のためでなく、知識を自分のものにするとはどういうことかまで考えさせる点が、本書を長持ちさせている。

類書との比較

記憶術の本には、テクニックだけを箇条書きするものも多い。本書はそこが違う。技法の説明に加えて、なぜ人はその方法で覚えられるのか、記憶の歴史や競技文化まで含めて語るので、読み物としてかなり強い。ノウハウ本とノンフィクションの中間にあるのが魅力だ。

また、脳科学の入門書と比べても、本書は体験の厚みがある。理屈だけでなく、実際に訓練して伸びていく手触りがあるので、記憶を「自分とは関係ない研究対象」としてでなく、「工夫すれば変えられる能力」として受け取りやすい。記憶術に半信半疑だった人ほど、読後に印象が変わると思う。

純粋なビジネス向け暗記術とは違って、読者の好奇心を刺激する物語性が強いのも特徴だ。方法だけ知りたい人には遠回りに見えるかもしれないが、なぜその方法を試したくなるのかまで作っているので、実際にはこちらのほうが定着しやすい。

こんな人におすすめ

  • 覚えるのが苦手で、記憶術に本当に効果があるのか疑っている人
  • 勉強や仕事で、単純暗記より「覚え方の仕組み」を知りたい人
  • 認知科学やノンフィクションとしても面白い本を読みたい人
  • 記憶を通して注意力や学び方を見直したい人

感想

この本を読んでまず感じたのは、記憶力の問題は才能より設計の問題だということだ。もちろん個人差はある。ただ、覚えられない情報をそのまま頭に押し込もうとしても残らない、という当たり前の事実を、ここまで面白く見せてくれる本は少ない。数字を物語に変える、無味乾燥な情報を奇妙な映像に変える。その手順を読んでいると、記憶は努力の量だけでなく工夫の質でかなり変わるのだと実感する。

もう1つ印象に残るのは、著者が競技記憶の世界にのめり込んでいく過程だ。最初は半信半疑だった人物が、訓練を重ねるうちに結果を出し、ついには優勝する。この流れがあることで、本書は単なる記憶術紹介よりずっと強い。読者は理論だけでなく、「人が新しい技術を身につけていくときの面白さ」まで追体験できる。

勉強法の本として読んでも得るものは大きい。単語帳を何周するか、何時間机に向かうかといった量の発想だけではなく、どうやって印象を強くし、どうやって取り出しやすい形にするかという視点が持てるからだ。暗記に悩んでいる人ほど、目先のテクニック以上にこの発想が役立つはずだ。

記憶術に興味がなくても、読書として十分面白い。人が何を覚え、何を忘れ、なぜ物語にすると残りやすいのか。その問いを、競技の熱気と認知科学の知見の両方から味わえる一冊だった。

忘れることを単なる欠点としてでなく、注意や意味づけの問題として見直せるのも大きな収穫だった。覚え方を工夫するだけで学びの手触りが変わると実感できるので、勉強に苦手意識がある人ほど励みになるはずだ。

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