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レビュー

概要

『イン・ザ・メガチャーチ』は、朝井リョウの作家生活15周年記念作品として刊行された長編小説です。日経BP 日本経済新聞出版の公式特設ページでは、事実と解釈、連帯と暴走、成長と信仰、幸福と中毒、人生と孤独が並ぶ作品として紹介されています。舞台になるのは、アイドルグループとファンダムをめぐる現代的な熱狂です。

物語の中心には、レコード会社勤務の久保田慶彦、久保田の娘である大学生の武藤澄香、そしてファンダムの構造を理解して人を動かす側に立つ人物たちがいます。久保田は公私ともに停滞を抱えた47歳で、かつて洋楽部門で働いていた経験から、デビュー間近のアイドルグループ運営に関わることになります。澄香は、海外志向という自分の輪郭に自信を失いかけた19歳。男性アイドルへの没入によって、悩みやストレスが一時的に軽くなることに気づいていきます。

つまり本書は、推し活を肯定する本でも、断罪する本でもありません。誰かを好きになることが救いになる瞬間と、その救いがいつの間にか視野を狭めていく怖さを、同じ熱量で描く小説です。

読みどころ

1. 推し活を「いい話」に回収しない

本書の鋭さは、推し活を単純な癒やしや趣味として片づけないところにあります。推しがいることで日常が軽くなる。明日の予定ができる。自分の居場所ができる。その感覚は本物です。一方で、その熱がビジネスとして設計され、界隈の空気に自分の判断を預けていく危うさもある。本書はその両方を見ているため、読者は簡単に安全圏へ逃げられません。

2. 3つの視点でファンダム経済を立体化している

Billboard JAPANのインタビューでは、本作はファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側という3つの視点から描かれる作品として紹介されています。この構造がかなり効いています。ファンだけを描けば感情の物語になり、運営だけを描けばビジネス小説になりますが、本書はその間を行き来する。だから「自分はどの立場で読んでいるのか」が何度も揺れます。

3. 孤独の描き方が今っぽい

澄香が推しに惹かれていく入口は、強烈なドラマではなく、自分の輪郭がぼやける感覚です。周囲と比べて自分の志向が本物なのかわからない。将来の目的も見えない。そんな曖昧な不安の中で、推しの存在が一時的に視界を狭めてくれる。この「視野が狭くなることで楽になる」という感覚が、本書の怖さであり、現代性でもあります。

4. 朝井リョウ作品としての連続性がある

『何者』が就活と自己演出を、『正欲』が社会の標準からこぼれる感覚を、『生殖記』が人間中心の見方を揺さぶった作品だとすると、本書は「人を動かす物語」を正面から扱う作品です。テーマは違っても、読者が信じている普通や安心をずらす手つきは一貫しています。読みやすさはかなりありますが、読後に残る問いは軽くありません。

類書との比較

アイドルや推し活を扱う作品は増えていますが、本書は「推しがいる生活」を温かく描く方向には寄りません。どちらかというと、ファンダムという共同体がどのように生まれ、どのように人を支え、どのように人をのみ込むのかを観察する小説です。

その意味では、青春小説やお仕事小説というより、現代社会の信仰をめぐる群像劇に近いです。宗教、広告、SNS、アイドル運営、物語消費が重なる場所に、朝井リョウらしい精密な人間観察が入っています。エンタメとしてページをめくらせながら、読後に「自分は何を信じて動いているのか」を考えさせる点が本書ならではの価値です。

こんな人におすすめ

  • 推し活やファンダム文化を小説として読みたい人
  • 朝井リョウの『何者』『正欲』『生殖記』が刺さった人
  • SNSの界隈の熱量に、救いと怖さの両方を感じる人
  • 読後に誰かと議論したくなる話題作を探している人

感想

この本を読んで強く残るのは、好きなものに救われることと、好きなものにのみ込まれることは、かなり近い場所にあるという感覚です。推しがいる生活は、外から見るほど単純ではありません。楽しいし、支えになるし、時には人生の推進力になる。でもその推進力が強すぎると、気づかないうちに自分の視野が狭くなっていく。

本書はそこを、わかりやすい説教にはしません。久保田の停滞、澄香の不安、運営側の合理性をそれぞれ描くことで、誰も完全な加害者にも被害者にも固定しない。だから読者は、推し活をしている人を外側から批評するのではなく、自分がどんな物語に動かされているのかを考えることになります。

朝井リョウの小説は、読んだあとに「自分は関係ない」と言い切れないところが怖いです。『イン・ザ・メガチャーチ』もまさにそうで、推し活をしていない人でも、仕事、恋愛、政治、SNS、自己啓発、ブランド、コミュニティなど、何かしらの物語に動かされている自分を見つけてしまう。だから今読まれていることに納得があります。

まとめ

『イン・ザ・メガチャーチ』は、推し活小説という入り口を持ちながら、実際には現代社会の信仰と孤独を描く長編です。誰かを好きになることの幸福と、それが共同体やビジネスに接続される怖さを、かなり高い解像度で描いています。

読後感は軽くありません。ただ、今のSNSやファンダムの空気を言葉にしたい人には、避けて通れない一冊です。

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    佐々木 健太

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