レビュー
概要
『改訂版 羽生善治のやさしいこども将棋入門』は、将棋を「難しそう」という入口の壁から引きはがし、駒の動かし方だけで終わらない“考え方”まで連れていってくれる入門書です。将棋のルール自体はシンプルで、駒の動きが分かれば誰でも指せます。ただ、いざ盤に向かうと「どこに進めばいいのか」「何を狙えばいいのか」で止まってしまう。そこを本書は、コツとして整理してくれます。
本書が提示するキーは5つです。進む、取る、成る、詰める、守る。この順番は、将棋の面白さが立ち上がる道順でもあります。まず駒を前へ進める。次に相手の駒を取る意味を知る。成ることで駒が強くなる感覚をつかむ。詰めるで勝ち筋を見つける。最後に守るで“負けない形”を作る。ここまでくると、将棋がパズルではなく、読みと駆け引きのゲームだと分かってきます。
改訂版である点も大事です。2011年版をベースに新しい情報を加えてリニューアルしたとされ、ロングセラーとして積み上がった「つまずきポイント」を意識している印象があります。子ども向けの体裁ですが、大人が独学で始めるときにも役立つ骨格があります。
読みどころ
1) 「進む」「取る」を、序盤の手触りに変える
将棋を始めたばかりの段階では、何より「動かす理由」がないと手が止まります。本書は、進むことと取ることを、戦いの基本動作として並べます。相手の駒を取るのは得だから、というだけではなく、盤上のスペースを広げ、相手の選択肢を狭める行為でもある。そういう感覚が、説明の順番から自然に入ってきます。
2) 「成る」を、勝ち筋のスイッチとして扱う
将棋の独特さは、成りで駒の価値が変わる点です。ここが分かると、同じ局面でも見え方が変わります。成れる場所に駒を運ぶことが目的になり、守りと攻めの両方で“到達点”ができます。初心者が「終盤の勢い」を作りやすくなるのは、このスイッチがあるからです。
3) 「詰める」と「守る」を同じ地図で見る
詰みは勝ちの形です。一方で、守りは負けない形です。本書はこの2つを分けて教えつつ、最後は同じ地図に置き直してくれます。相手玉を詰めるには、自分の駒が協力して働く必要があります。自分玉を守るにも、駒の連携が要ります。つまり、守りは逃げではなく、攻めへつながる準備になります。
初心者がつまずきやすいポイントを潰してくれる
将棋を始めたばかりの人が負けやすいパターンはいくつかあります。
- 駒を前に出しすぎて、自分の玉が丸裸になる
- 「取れるから取る」だけで手を選び、次の一手を考えない
- 成れるのに成らず、終盤で火力が足りなくなる
- 王手に反応するだけで、受け一辺倒になってしまう
本書の5つのコツは、これらの失敗を「原因別」に切り分けてくれます。たとえば守るを意識すると、玉の安全が先に立ちます。取るを学ぶと、取った後に持ち駒が増える。その意味が分かります。成るを理解すると、終盤の速度が上がります。詰めるに触れると、攻めの終点が見えるようになります。結果として、対局の振り返りが「なんとなく」から抜けます。
この本で身につく“考える順番”
将棋は、強い人ほど考える順番が整っています。本書の枠組みは、初心者にもその順番を渡してくれます。たとえば次のように考えられるようになります。
- まずは駒を進めて形を作る
- 取れる駒があれば、取った後の展開を想像する
- 成れる局面なら、成って強い駒を作る
- 王手は目的ではなく、詰みに近づく手段として使う
- 自玉が危ないときは、守りを優先して負け筋を消す
こういう“考え方の型”が入ると、勝ち負けより先に、対局そのものが楽になります。
読後におすすめの進め方
この本は、通読よりも「1つずつ試す」読み方が合います。
- まずは「進む」「取る」を意識して数局指す
- 次に「成る」を最優先の目標にして数局指す
- 慣れてきたら「詰める」と「守る」をセットで振り返る
将棋は、理解と実戦が往復して初めて身につきます。5つのコツをチェックリストのように使うと、対局の振り返りが具体になります。
5つのコツを「振り返りテンプレ」にする
入門期は、負けた理由が多すぎて混乱します。だからこそ、本書の5つのコツが効きます。対局が終わったら、次の問いだけを順番に当てはめてみると、反省が一気に整理されます。
- 進む:駒は前に出ていたか。出した駒は働いていたか。
- 取る:取れる駒を見落としていないか。取った後に損をしていないか。
- 成る:成れる局面で成れていたか。成りを急ぎすぎていないか。
- 詰める:勝てる形が見えたか。見えないなら、どこで攻めが途切れたか。
- 守る:自玉は危なくなかったか。危ないなら、危険を放置した手はどれか。
このテンプレの良さは、答えが完璧でなくても「次に直す一点」が見つかることです。将棋の上達は、いきなり大きく強くなるより、小さなミスを1つずつ潰すほうが速い。5つのコツは、そのための観測点になります。
「子ども向け」だからこそ、説明が短くて強い
将棋は説明を盛ろうと思えばいくらでも盛れます。しかし入門期に必要なのは、まず盤の前で手が動くことです。本書は子ども向けに、言葉を短く、やることを少なくしている分、実戦に持ち込みやすい。結果として、大人の独学でも「難しい理屈に逃げてしまう」罠を避けやすいです。
こんな人におすすめ
- 将棋を始めたいが、何から覚えればいいか分からない人
- 子どもと一緒に、盤の前で考える時間を作りたい人
- 駒の動かし方だけでなく、勝ち筋の見つけ方も知りたい人
将棋の入門で一番つらいのは、「ルールは分かったのに、面白くならない」期間です。本書はそこを、5つのコツで越えさせてくれます。勝ち負け以上に、考え方の地図が手に入る一冊です。