『風が強く吹いている 1 (ヤングジャンプコミックス)』レビュー
出版社: 集英社
¥660 Kindle価格
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『風が強く吹いている 1』は、箱根駅伝を目指す10人の大学生が、寄せ集めの状態から「チーム」へ変わっていく物語です。主人公は2人います。かつて強豪校で走っていたものの怪我で挫折を抱える清瀬灰二(ハイジ)と、天才ランナーなのに暴力事件で部活を辞めることになった蔵原走(カケル)です。
物語の入り口は、夜道を走るカケルの姿をハイジが見つけ、「走るの好きか」と声をかける場面です。ハイジは格安学生寮の竹青荘(通称・アオタケ)へカケルを誘い、そこで「この10人で箱根駅伝を目指す」と宣言します。無茶な目標に見えますが、この巻が面白いのは、無茶を“根性”だけで押し切らず、10人それぞれの事情を丁寧に積み重ねていくところです。
アオタケの住人は、競技者として整った集団ではありません。漫画オタクで運動が苦手なのに美形だから「王子」と呼ばれる柏崎茜、サッカー経験はあるがノリが軽い双子の城太郎(ジョータ)と城次郎(ジョージ)、留学生で陸上経験のないムサ・カマラなど、スタート地点がバラバラです。
そこに「箱根」という目標が落ちると、関係性が変わります。ハイジは“詐欺師”と揶揄されるほど人を動かすのがうまく、住人の弱点と欲望を見抜いてしまう。だから最初は反発が起きます。けれど、反発があるからこそ、この目標が本気になるまでの道のりに説得力が出ます。
カケルは走ることにしか自信がないタイプで、口下手で衝突しやすい。それでも走りの圧倒的な実力がチームの背骨になります。一方でハイジは、主将としてメニューを組み、生活も管理し、全員のバランスを取ろうとします。才能のカケルと、設計のハイジ。この2人の組み合わせが、物語のエンジンになります。
柏崎茜(王子)は、メンバーの中でも足が遅く、練習の段階で標準タイムに遠く及びません。でも、だからこそ箱根が綺麗事で終わらない。スポーツ漫画の気持ちよさは“伸び”にありますが、この作品の伸びは、天才がさらに天才になる話ではなく、遅い人が遅いままではいられなくなる話として描かれます。
ウォーミングアップすら苦しいところから始まるので、走ることが「できる人の遊び」ではなく「生活を変える行為」に見えてくる。アオタケの全員が完璧ではないから、読者は自分の不得意を持ち込んで読めます。
商学部3年の杉山高志(神童)は、地方出身で、穏やかで協調的です。山道への適性を見出され「山登り」と呼ばれる5区を任される流れは、箱根駅伝の具体性を作品に入れてくれます。
この巻で良いのは、強さが筋肉や気合いだけで語られない点です。体調を崩しながらも走る、責任を引き受ける、崩れた状況でも前へ進む。そういう強さが“競技の物語”として立ち上がるのが、スポーツ作品としての魅力です。
箱根駅伝は、大学の看板や長年の積み上げが前提になりがちです。でもアオタケの10人は、そういう前提を持っていません。だからこそ、勝ち方が違います。才能を誇るより、生活を整える。仲間を揃えるより、仲間を鍛える。目標を語るより、目標に合わせて日々を作り直す。
第1巻は、その“作り直し”の入口を描き切ります。ハイジの宣言が無茶に見えるほど、読んでいるうちに無茶ではなく「計画」に変わっていく。その変化が気持ちいい1巻です。
カケルは高校時代、勝利至上主義の監督と衝突し、問題を起こして退部しています。走る才能があるのに、走る場所を失った人です。その屈折は、アオタケの空気にすぐ影響します。
無邪気なジョージは、純粋にカケルの走りに憧れるからこそ、衝突してもまっすぐぶつかってくる。ジョータは兄として弟を見守りつつ、チームの中で自分の立ち位置を計算してしまう。ムサは「黒人の足が速い」という偏見に反論しながらも、居心地の良さに引かれて箱根へ向かう。こういう「走る理由の違い」が、1巻の時点で見えてきます。
箱根駅伝を目指す話なのに、最初は走りそのものより「一緒に住むこと」の摩擦が前に出ます。でも、その摩擦があるから、練習が始まったときに急に物語の温度が上がります。第1巻は、熱血の前段として必要な“生活のリアル”をちゃんと入れている巻です。