レビュー
概要
百合姫コミックスからデビューした『ささやくように恋を唄う』は、シンガーソングライター志望の女子高生・沢村舞と、音楽プロデューサーを前へ押し出そうとする後輩・瀬戸内梓の距離感を丁寧に描く。2人の関係は、対話よりもむしろ歌詞やライブの静かなとばっちりで動き、甘くも拗らせていく。特に1巻では、舞が歌の途中で震える手を隠すようにして、梓に「あなたの声が聞きたい」と告げるシーンに全編のテンポが凝縮されている。
読みどころ
- 第1話のライブハウスでは、舞の震える手と、梓の焦る視線が小さなコマで交錯する。音符が手元で弾け、観客のボルテージがカラフルな音の線として描かれ、舞の声が観客の心にささやくように届く描写は、タイトルの語感をまさに具現化している。
- 第3話では、恥ずかしさと自意識過剰さが舞を襲う。梓は彼女のなにげない「ありがとう」を、大きく受け止め、褒めることで舞を救う。その瞬間、舞の表情が柔らかくなる描写は、美術的には背景を白く処理することで呼吸を整える演出になる。
- 音楽制作の過程も織り込まれ、梓がデモを作るときの指のタッチやシンセの波形が幾何学的にレイアウトされる。後半では、プリセットのままではない生演奏を一緒に試し、舞が自分の声を信用する場面が描かれる。
類書との比較
『夜明け告げるルーのうた』が音楽への憧れをファンタジー色で描くのに対し、本作はライブハウスとレコーディングスタジオの緊迫感をリアルに描く。彼女たちが音楽シーンに向き合う姿勢は、『きみはペット』のような関係の上下というより、横並びの共同体験を強調する。読者にとっては、ライブの汗と歌詞の熱が同じ料金で並ぶ点が、従来の百合作品とは違う。
こんな人におすすめ
- 声に自信がなく、誰かにそれを認めてもらいたいと思っている人。
- 音楽制作やライブの舞台裏に興味がある読者。
- 自分のつたない感情を言葉ではなく音で伝える方法を模索している人。
感想
音符のラインがページを走るたび、舞と梓が重なる景色を手に取るように理解できる。特にラストのライブで舞が照明の下で「あなたの声が聞きたい」と梓に言う瞬間、ページをめくり終えた際に手が少し震えた。音楽表現はどうしても抽象になりがちだが、パネルの色を抑えることで紡がれる空気感が、この作品の切実さを支えている。タイトルどおりに、ささやきが心の中で響き、ふたりの距離が驚くほど近づいたという感触に浸れる。