レビュー
概要
『僕の心のヤバイやつ』1巻は、中二病をこじらせてクラスから浮いている市川京太郎が、明るく人気者の山田杏奈を観察しているうちに、彼女の意外な素顔と自分の感情に気づいていくラブコメです。題名だけ見ると危ない主人公の暴走話にも思えますが、実際は「他人が怖い側の少年が、ひとりの女子の変なところを先に知ってしまう」ことから始まる、かなり繊細な1巻でした。
読みどころ
- 市川の頭の中は物騒でひねくれていますが、実際にやることは不器用で小さい。そのギャップが笑える一方で、彼の孤独も伝わってきます。
- 山田が完璧な美少女としてではなく、図書室でこっそりお菓子を食べたり、意外と抜けていたりする子として描かれるので、距離が急に縮まります。1巻の面白さはここにあります。
- ラブコメとしての進み方が遅すぎず速すぎず、市川の視点から少しずつ「苦手だった世界が変わる」感じを積み上げていくのが上手いです。
- 笑いのテンポが軽いのに、思春期の自意識の痛さはごまかさないので、読みやすさと切実さが両立しています。
本の具体的な内容
1巻の序盤で、市川は自分を教室の外側に置いています。図書室に逃げ込み、心の中では物騒な妄想を膨らませ、クラスの人気者である山田にも反感めいたものを抱いている。ところが、その山田が図書室にやってきて、こっそりお菓子を食べたり、モデル然とした見た目からは想像しにくい行動を取ったりすることで、市川の見方が少しずつ崩れていきます。
この作品のうまさは、山田が最初から「主人公を特別扱いするヒロイン」ではないところです。むしろ市川のほうが一方的に意識し、勝手に振り回される。でも、ちょっとした気遣いや、誰も見ていないところでの素の行動が見えるたびに、市川の中で山田がただの憧れや嫌悪ではなくなっていく。この過程がとても丁寧です。
また、市川自身もただの卑屈な少年では終わりません。山田が困っている時にさりげなく動いたり、他人の視線に耐えながら少しずつ行動を変えたりする。1巻では大きな告白や事件は起きませんが、「この子は本当はやさしいのだ」と読者が気づいていく流れがしっかりあります。だから後半になるほど、ただの変な男子ではなく、応援したい主人公に見えてきます。
類書との比較
学園ラブコメは多いですが、『僕の心のヤバイやつ』は人気者のヒロインが主人公を救い上げる話というより、主人公の内面のゆがみが、相手の意外な日常によって少しずつほぐれていく話です。そのため、派手なイベントより視線や間の取り方が重要になります。
また、陰キャ主人公ものとして見ても、自虐や逆転願望だけに寄りません。市川の面倒くささをそのまま残しつつ、それでも人を好きになる感情が育つことを描く。このバランスがあるので、読み味が甘すぎず、でも冷たくもありません。
こんな人におすすめ
- 思春期の自意識がしんどい主人公を見守る話が好きな人
- ラブコメでも派手な展開より距離の詰まり方を楽しみたい読者
- 美少女ヒロインの「完璧じゃない部分」に惹かれる人
- 笑えるのに少し胸が痛くなる学園ものを読みたい人
感想
1巻を読むと、市川の「ヤバさ」は危険さより、防御のためのひねくれに近いとわかってきます。だから山田の何気ない行動で彼の世界が少し動くたびに、こちらまで妙にうれしくなる。ラブコメとしての気持ちよさが、かなり素直です。
山田もただの天使ではなく、変な食欲や雑さや無邪気さがちゃんとあるので、生きた相手として見えるのが良いです。1巻の時点ではまだ大きく進展しないのに、「このふたりの距離をもっと見たい」と自然に思える。導入巻としてかなり強い作品でした。
図書室や廊下のような、学校の中でも少し外れた場所が多く使われるのも印象的です。教室の真ん中では息苦しい市川が、山田の妙な行動をきっかけに、その外れた場所で少しずつ人とつながり直していく。空間の使い方まで含めて、思春期の居心地の悪さがうまく描かれています。
恋愛の始まりを大事件ではなく、小さな観察の積み重ねで見せるので、派手さはなくても妙に忘れにくい1巻です。相手の欠点や変さを先に知ってしまうからこそ、好意がきれいごとにならない。そこがこの作品のいちばん信用できるところだと感じました。
市川のモノローグが過剰なくらい自意識まみれなのに、山田の前ではその計算が簡単に崩れるのも楽しいです。思春期の「自分は誰とも違う」と思いたい気持ちと、「本当は誰かとつながりたい」という気持ちが同時に出てくる。その面倒くささを笑いにしながら、ちゃんと尊重している1巻でした。
読み終えると、市川のひねくれた視線そのものが少しやわらいでいく予感が残ります。恋愛の始まりを、ここまで小さく丁寧に見せる1巻はかなり強いです。