レビュー
概要
『キミのお金はどこに消えるのか』は、フォーマットとしては「マンガ×解説」という軽さだが、構造的に経済リテラシーを組み上げる点で地に足がついている。金を失うのは意識のギャップであり、関係性の不一致であるという前提から、切り口を「自分が未来の予測に投資しているか」「時間と金を交換しているのか」という集計に移し替えて描く。東京の一般家庭を舞台にして、「給与から何パーセントをやりくりしているのか」「消費税増税のトリック」を日常の会話に落とし込んでいる。
読みどころ
第1章で家電の見積もりを弄る父と娘の対話から「見えないコスト(見積もりに入っていない時間)」を逆算する。第3章では「コミュニティ・バンク」的な視点から、地域のイベントの収益がどれだけ税金として吸い上げられていくのかをグラフで示し、地方の価値循環が都市へ流れる構造を、登場人物の小さな投資にあてはめていた。現場を歩くライターらしく、取材で得た「家計簿に載らない飲み会」「団体信用生命保険の謎」などの具体例が絵の中で展開されるので、数字以外の「感覚」まで手元に落ちてくる。
類書との比較
『金持ち父さん貧乏父さん』が資産のバランスシートを語るのに対し、本書はキャッシュアウトフローの内訳(税金・保険・手数料)の「見逃し」を止めることによって結果を制御する。『サピエンス全史』の価値尺度の再設定と比べると、本書はスケール感を1家庭にまで縮めて、消費税による情報の損失や見えないインセンティブを一箇所ずつ丁寧に切り出す。また、ビジュアルの気楽さはあるが、日常描写の奥で語られる政策的な隙間は『変身する経済学』のような社会構造分析に通じる。
こんな人におすすめ
「将来の資産が増えない」のに節約術だけ試しても効果が出ない人。家計簿はつけているが、メルマガのポイント還元に流されがちな人。制度の仕組みを「図で」覚えることで、自分の行動がどのように税・保険・価値へ変換されていくかを俯瞰したい若い世代にも有効。
感想
「お金が目に見えない」という感覚を、実際の帳簿やアプリではなくストーリーで実演するのが井上純一の強みだ。たとえば、キャッシュカードの「暗証番号変更」で使う時間を「機会コスト」として算出したエピソードは、日常に眠るラティス構造を可視化し、Thaler & Sunstein(2008, DOI:10.2307/27645825)が語ったナッジ理論と共鳴する。価値の作り方に疑問を抱いたとき、税金の裏にある情報非対称をどう埋めるかをゆるやかに問い続ける本書は、数字が苦手でも読み進められる対話型のリトマス試験紙である。