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レビュー

概要

『タッチ 完全復刻版』1巻は、高校野球とラブコメの両方を背負いながら、青春の「言えなさ」や「気づかなさ」を描く作品です。主人公は上杉達也と上杉和也の双子。弟の和也は努力家で、野球と勉強の両方に真正面から取り組むタイプです。一方の兄・達也は要領がよく、どこか力を抜いて生きている。隣家の喫茶店「南風」の一人娘・浅倉南は幼なじみで、三人の距離は近すぎるほど近いのに、心の距離は微妙にずれていきます。

1巻の時点で印象に残るのは、野球の勝ち負けよりも、日常の会話の温度です。言葉は軽いのに、視線は重い。冗談でごまかしているのに、本気が透けてしまう。そんな瞬間が、淡々と積み上がります。読んでいる側は「この空気、分かる」と感じてしまい、気づけば三人の時間を覗き込むようになります。

読みどころ

1) 双子のコントラストが、物語のエンジンになる

達也と和也は、同じ顔でも選ぶ姿勢が違います。和也は「がんばる」ことで前に進み、達也は「がんばらない」ことで周囲の期待をいなす。その差が、南を挟んだときに、ただの三角関係ではなく「生き方の選択」の話へ変わっていくのが面白いです。

たとえば、和也が野球に向ける熱は分かりやすい。チームの中で役割を取り、結果で黙らせるタイプです。対して達也は、実力が見えないまま、空気だけが先に伝わる。周囲の「本気を出せばすごいはず」という視線が、本人の言い訳を強くしていく。この関係のねじれが、1巻の時点でしっかり立ち上がっています。

2) 喫茶店「南風」が、青春の舞台装置として効く

南が暮らす「南風」は、家や学校ではない第三の場所です。ここでの会話は、家族のように自然で、友達のように無責任で、恋人のように不器用になります。三人が同じ場所にいても、見ているものが少しずつ違う。その違いが、言葉より先に表情で伝わる。あだち充の間の取り方がいちばん刺さるのは、こういう場面だと思います。

3) 野球が“スポ根の燃料”ではなく、距離を測る物差しになる

野球はこの作品の中心にありますが、汗と根性だけで押し切るタイプではありません。むしろ、野球があるから、努力や才能の差が見える。努力して結果を出す和也と、努力しないように見えてしまう達也。二人の違いは、南の視線にも影響します。だから野球は、単なる競技ではなく、関係の距離を測る物差しになっています。

4) 「青春っぽい」ではなく「青春そのもの」の描写

達也の軽口や、南の明るさは、読みやすさを作ります。ただ、その明るさは楽しいだけではありません。明るくしていないと崩れそうな場面があるから、明るい。1巻は、その薄い膜のような明るさを、破らずに見せるのが上手いです。

完全復刻版(1巻)として読む意味

『タッチ』は何度も版を変えて読まれてきた作品ですが、完全復刻版は「最初に出会った時の読み味」を取り戻すための入り口になります。物語の導入部は、後から知る展開を前提に読むと印象が変わりやすい。だからこそ、あえて1巻から、三人の空気をゆっくり吸い直す価値があります。

1巻が仕込むテーマ:努力と要領、そのどちらにも代償がある

Amazonの内容紹介は、達也を「努力という言葉に縁のない兄」、和也を「何事にも一生懸命努力する弟」と対比させます。この対比は、ただのキャラ付けではありません。努力家は、努力で自分を縛る。要領の良い人は、要領の良さで期待を背負う。どちらも楽ではない。1巻は、その“代償”が、家族や友達とも違う南の視線によって浮き上がるように作られています。

三角関係という言葉は便利ですが、この作品の三角は、気持ちの取り合いだけではありません。誰が何を諦め、誰が何を選び、誰が何を言わないか。その積み重ねが三角を尖らせます。達也が冗談で逃げるのも、和也が努力で押し通すのも、どちらも「失いたくないもの」があるからです。

読後に残る“問い”

読み終えた後に残るのは、勝ちたいとか、付き合いたいとか、そういう直線的な欲望ではありません。

  • 本気を出さないことで守っているものは何か
  • 本気を出すことで失うかもしれないものは何か
  • 近すぎる関係ほど、言葉にできないのはなぜか

1巻はこの問いを、答えではなく空気として置いていきます。だから続きが気になるし、読み返すと刺さるポイントが変わる。長く読まれる作品の1巻として、完成度が高いと感じました。

こんな人におすすめ

  • 野球漫画が好きだが、勝ち負けより人物の心の動きを読みたい人
  • 恋愛を軸にしつつ、軽さと痛さが同居する作品を好む人
  • 「言わないことで守っているもの」を描く物語に弱い人

1巻は、まだ大きな結論を出しません。その代わり、「この三人の関係は、どこへ行くのか」を静かに燃やし始めます。青春を懐かしむためではなく、青春の面倒くささをもう一度ちゃんと見るための、強い導入巻でした。

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