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レビュー

概要

『こころのスキルアップ・トレーニング―認知療法・認知行動療法で元気を取り戻す』は、日本の認知行動療法の第一人者である大野裕氏によるセルフヘルプ本です。気分が落ち込んだときや、不安や反芻が強いときに、自分の考え方と行動をどう立て直すかを、ワーク形式で学べるのが特徴です。精神医療の専門書ほど硬くなく、かといって単なる励ましの本でもなく、認知療法・認知行動療法の基本技法を一般向けに落とし込んだ実践書としてまとまっています。

構成はかなり明快です。第1章では、気持ちや行動が考え方や受け取り方に影響されること、認知と気分と行動が悪循環をつくること、そこから抜け出すには何を見直せばよいかを説明します。ここで重要なのは、「プラス思考になる必要はありません」と明言している点です。無理に前向きになるのではなく、極端な受け取り方を少ししなやかにすることが目的だとわかります。第2章では、行動活性化、認知再構成法、問題解決技法、コミュニケーション・スキルといった主要技法が並び、実際に書き込みながら練習できるようになっています。

読みどころ

この本の読みどころは、認知行動療法を「考え方を直す技術」だけに狭めていないところです。落ち込んだとき、人は考え方だけでなく行動量も減り、生活リズムも乱れ、人とのやりとりも避けやすくなります。本書はその全体像を踏まえて、行動活性化から入り、認知再構成、問題解決、コミュニケーションへと広げていきます。つまり、「気分を変えるために何を考えるか」だけでなく、「何をするか」「どう伝えるか」まで含めて立て直す本です。

特に実用的なのは、認知再構成法の扱いです。嫌な出来事があったときに、自動的に浮かんだ考えをそのまま事実とみなすのではなく、別の見方はないか、証拠は何か、極端な決めつけになっていないかを点検します。ここで大事なのは、自分を無理に励ますことではありません。悲観的な考えをゼロにするのではなく、少し現実に近い考えへ調整することです。この地味さが、かえって認知行動療法らしいところです。

また、問題解決技法とコミュニケーション・スキルの章も見逃せません。メンタル不調を抱えると、悩みが頭の中で巨大化し、具体的な課題整理がしにくくなります。本書は、問題を分解し、変えられる部分に焦点を当てる練習を用意しています。さらに、相手に気持ちをきちんと伝える方法まで入っているので、セルフケアだけで閉じず、対人関係の改善にもつながる構成です。

類書との比較

自己肯定感やメンタル改善をうたう一般書は多いですが、本書は「気の持ちよう」で片づけません。認知行動療法という、比較的エビデンスの厚い心理療法の基本を土台にしているため、説明に再現性があります。もちろん治療者向けの専門マニュアルほど詳細ではありませんが、そのぶん一般の読者が自分で取り組みやすいです。

一方で、『嫌われる勇気』のように思想的な読後感を得る本でもありませんし、精神分析のように過去の解釈を深く掘る本でもありません。いま起きている悪循環をどう弱めるかに焦点を当てた、かなり実務的な本です。考え方の理解より、実際に書き出して試してみるタイプの本だと思って読むとよいです。

こんな人におすすめ

落ち込み、不安、反芻、自己否定が続きやすい人に向いています。すでにカウンセリングや精神科治療を受けていて、日常で復習できるワークが欲しい人にも相性がいいです。また、認知行動療法に興味はあるが、専門書は難しそうだと感じる人の入口としても使いやすいです。

ただし、強い抑うつや希死念慮がある場合、この本だけで抱え込むのは危険です。セルフヘルプ本として有用ですが、必要なときは医療や心理支援につなぐ前提で読むべきです。その意味でも、本書は万能薬ではなく、こころの扱い方を練習するための道具と考えるのが適切です。支援につながるまでの補助線として使う読み方も現実的です。初学者が最初の1冊として手に取りやすい温度感もあります。

感想

この本を読んで良いと思うのは、読者を過度に鼓舞しないところです。「考え方を変えればすべて解決する」とは言わず、悪循環を少し弱めるための手順を、かなり地に足のついた形で提示しています。とくに、プラス思考になる必要はないというメッセージは重要です。苦しいときに必要なのは、楽観の強制ではなく、極端な見方を少し柔らかくする技術だとよくわかります。

個人的には、行動活性化と認知再構成を並べた流れに納得感がありました。気分が沈むと、考え方だけでなく行動そのものも細ります。だから、考え方の修正と同時に、身体を動かす、小さな行動を戻す、人に伝える、という流れが入っているのは理にかなっています。セルフヘルプ本としてかなり真面目で、しかも実生活に落としやすい1冊です。認知行動療法を初めて自分の生活に入れるなら、有力な選択肢だと思います。

もう1つ良いのは、ワークを通して「わかったつもり」で終わりにくいことです。認知行動療法は概念だけ理解しても、実際に自分の場面へ当てはめると意外に難しいです。本書は、書き出す、振り返る、別の考えを試す、次の行動を決める、という順番を実践しやすくしてくれます。読むだけのメンタル本ではなく、手を動かして少しずつこころの扱い方を学ぶための本として価値があります。繰り返し戻れる実用性も高いです。

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    佐々木 健太

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