レビュー
概要
『映画史を学ぶクリティカル・ワーズ』は、映画前史からフィルムカルチャー全盛期を経て、デジタルが加速する2010年代までを、キーワードで見渡すための“映画史事典”です。内容説明では、鑑賞・研究・批評にコンパクトに使える、とされます。つまり、映画史の通史を1から読む本というより、「今この作品を観るときに、どの文脈が必要か」を引き出すための道具箱です。
映画史は、作品を観ただけでは見えない層があります。産業の仕組み、技術の変化、検閲や戦争、国策、上映環境の変化、そして批評の言葉。これらが重なることで、作品の意味が変わる。本書は、その重なりを、時代の区切りとキーワードで整理します。
目次がそのまま“時間の地図”になる
目次は年代順に並び、各時代の性格が章題として立ち上がります。
- 1895年まで:映画の誕生前夜、「動く映像」への試作期
- 1895〜1900年代末:シネマトグラフの誕生、「驚き」から「物語」へ
- 1900年代末〜1910年代:パテ社、MPPCなど産業システムの始動期
- 1920年代:夢の工場、アヴァンギャルド、モダニスムの高揚期
- 1930年代:無声映画からトーキーへ、夢と現実の交差
- 1940年代:戦争下のプロパガンダ、国策映画時代
- 1950年代:娯楽王国の変調、ハリウッド・システムの凋落期
- 1960年代:自由と新しい波の台頭、撮影所システムから離れて
- 1970年代:ニュー・ハリウッドの誕生、香港、インド映画の台頭
- 1980年代:マルチプレックス化と多様なヴィジュアライゼーションの実験
- 空前のインディーズ・ブーム、そして新しい世紀へ
- 情報社会の幕開けと液状化するリアリティ、ハリウッドの苦悩
- 立ち上がるソーシャルとクラウド、デジタル時代の新たな地平
区切り方が良いです。単なる年表ではなく、「何が変わったか」を章題で言語化してくれるので、鑑賞の視点が増えます。
読みどころ
1) 「驚き」から「物語」へ、を見落とさない
映画の最初期は、物語を語る装置というより“見せ物”でした。そこから物語が中心になっていく。この転換を押さえるだけで、初期映画の見え方が変わります。今の映画の常識を、そのまま過去へ持ち込まないための足場になります。
2) 産業システムの話が入ると、映画が現実になる
パテ社やMPPCといった産業の仕組みが出てくるのは、映画史を学ぶ上で重要です。作品の良し悪しだけではなく、作られ方、流通、支配の構造がある。ここが見えると、映画が“文化”であると同時に“産業”だとわかります。
3) 無声→トーキー、戦争、ハリウッドの凋落が連続で理解できる
1930年代のトーキー化、1940年代の戦時下、1950年代のハリウッド・システム凋落。これらは別々の出来事に見えますが、映画の表現と環境の話としてつながります。作品を観るときに、「この時代の制約は何か」を考える癖がつきます。
4) デジタル時代まで射程に入れ、今の鑑賞へ直結する
後半は、マルチプレックス化、インディーズ・ブーム、情報社会、ソーシャルとクラウドと続きます。映画は今も変わり続けています。デジタル・グローバリズムの時代に、作品がどう流通し、どう見られ、どう語られるか。本書はそこまで含めて“映画史”として扱います。古典の勉強で終わらないのが良いです。
この本の使い方(鑑賞ノートの横に置く)
映画史を学ぶとき、通史を読むだけだと「知った気になって終わる」ことがあります。本書は、鑑賞と相性の良い活用法を提示します。映画を観たあと、舞台になっている年代や、表現の特徴に引っかかったら、目次の年代区分へ戻る。すると、その時代に起きていた出来事を“言葉”で拾えます。
たとえば無声→トーキー期の作品を観たとき、音の扱いがなぜ独特なのかが見える。1940年代の作品を観たとき、プロパガンダや国策の影がどう映るかを考えられる。1980年代の作品を観たとき、マルチプレックス化や映像表現の実験という文脈が浮かぶ。こうして、作品が単体の面白さから“歴史の中の面白さ”へ広がります。
感想
この本を読んで良いと思うのは、映画史を「暗記科目」にしない点です。年代を覚えるより、転換点を掴む。転換点を掴むと、目の前の映画の意味が増える。目次の時点で、そのための地図が用意されています。
映画を観るのが好きで、次に「どう語るか」「どう位置づけるか」へ進みたい人にとって、本書は便利な参照枠になります。鑑賞と批評の間をつなぐ“言葉”が欲しい人ほど、手元に置きたくなる1冊です。
こんな人におすすめ
- 映画を観るだけでなく、文脈を踏まえて語れるようになりたい人
- デジタル時代まで含めて、映画史を俯瞰したい人
- 研究や批評のために、キーワードで引ける本がほしい人