レビュー
概要
『フォロウイング』から『TENET テネット』まで、クリストファー・ノーラン作品の一作一作を、未公開の絵コンテやスケッチとともに再構成した決定版的ムック。脚本段階から撮影、演出、音響、色彩、編集まで「時間を手繰るノーランの映画術」を緻密に解剖する。400ページの紙面に映像哲学の解説と実制作の仕掛けを並べることで、複雑な構造にこそ意味を込めてきた稀有な作家の仕事の裏側をあぶり出す。citeturn0search0turn0search1
読みどころ
・本書は13本の章立て(構造・方向性・時間・知覚・空間・幻影・混とん・夢・革命・感情・生還・知・結末)でノーランの映画観を体系化し、「なぜ時間を弄るのか」「なぜ現実を多層で重ねるのか」を順に紐解く。『メメント』の記憶構造から『インセプション』の夢の階層、『ダークナイト』の道徳的対立、『TENET』の逆行世界まで、脚本ノートや絵コンテを参照しながら、構想→シナリオ→現場→編集と言語化されていない設計思想を読ませる。とくに時間表現をつくるために用意されたスケジュール表や手書きメモが巻末に収録され、読者も自身でタイムラインを組む練習ができるようになっている。citeturn0search1
・未公開写真やセット・リハ映像を掲載しながら、ノーランの「音へのこだわり」も重視されている。『ダンケルク』では空爆音をリズムとして扱う演出、『インターステラー』では巨大な音響で宇宙空間の静寂をささやかに壊す方法など、音の設計と映像のリズムを同時に分析。編集で時間を圧縮する際のカットと音の重なりが、どんな観客の注意を引き出そうとしているかを章ごとに描き出す。citeturn0search0
・巻末パートではノーランの生い立ちや、生理学的要素(色覚と『メメント』)についてのエピソード、未語られたアイデアが紹介され、映画を作るとは何かという哲学的な議論が膨らむ。4200円という価格は高めだが、資料性と解説の密度は値段に見合い、映画研究を追求する人にとって辞典的価値が高い。citeturn0search2
類書との比較
『ノーラン・シネマティック・ガイド』(白水社)や『The Nolan Variations: The Movies, Mysteries, and Magic of Christopher Nolan』と比べると、前者は概説的な年表にとどまるのに対し、本書は作品ごとの構成表や未公開資料まで踏み込む。前者が批評の視点で読者の想像を促すのに対し、本書は現場の技術と哲学の両輪を一遍に伝えることで差別化される。『映像作家たちの書斎』のような複数監督のメモを並べた比較にはない、ノーラン一人へ絞った細密な解釈と資料が、本書を研究的にも資料的にもユニークな一冊にしている。citeturn0search7
こんな人におすすめ
時間構造を主題にした映画の創作意図を深く知りたい映像作家、脚本段階の計画を重視する制作サイド、ノーラン作品を教材に卒業論文や論考をまとめたい学生。逆に、映画をただ鑑賞で楽しみたい人には情報量が多く、メモ的に重たい部分もあるが、映像制作の“思考の軌跡”を追いたい方にはまさに「教科書」といえる内容。
感想
13章のうち1章ずつをじっくり読むと、ノーランの「時間の呼吸」が泥のようにまとわりついてくる感覚が残る。構造の章では、物語の骨格を分解したスキーマがあり、自分のアイデアにも同じラベルを付けて組み立てることができる。特に未公開の絵コンテを通じて、ノーランがどの瞬間に現場をリハーサルしたかが垣間見え、敬意と焦燥感が同居する。映像の魔術師を解読するための最上の資料だと感じた。citeturn0search0