レビュー
概要
『フルーツバスケット』愛蔵版1巻は、母を亡くしてテント暮らしをしていた本田透が、草摩家の人々と出会い、十二支の呪いという非日常へ足を踏み入れるところから始まります。少女漫画の名作として有名ですが、改めて1巻を読むと、恋愛より先に「傷を抱えた人どうしが、どうやって同じ食卓に座るか」を描いた物語だとわかります。
透はとにかく優しくて前向きな主人公に見えますが、その明るさは最初から無敵ではありません。母を失った喪失感、迷惑をかけたくない気持ち、自分が頑張れば丸く収まると信じたい癖が、やわらかい言動の奥にあります。だから彼女が草摩家へ入っていく過程は、呪いの秘密を知る導入であると同時に、行き場を失った人が新しい居場所へ触れる話にもなっています。
読みどころ
最大の読みどころは、草摩家の設定が単なるファンタジーの面白さで終わらない点です。異性に抱きつかれると動物へ変身するという呪いは、一見コミカルです。でも実際には、人との距離をどう取るか、触れ合いがどれだけ怖いかという話に直結しています。笑える設定のはずなのに、孤独や自己否定のメタファーとして機能しているところが本作の強さです。
透、由希、夾の3人の空気も1巻の時点でかなり豊かです。由希の整いすぎた外見と内側の孤独、夾の荒っぽさの奥にある不器用さ、そしてその間へ自然に入っていく透。三角関係の予感として読むこともできますが、もっと大きいのは「それぞれ違う形で居場所を持てていない3人」が、少しずつ同じ日常を共有し始めることです。この立ち上がりがとてもいいです。
本作はギャグの使い方もうまいです。重い背景を持つ人物ばかりなのに、やり取りは明るくてテンポがいい。だから読者は苦しさだけを押しつけられず、笑いながら人物を好きになれます。そして好きになったあとで、各キャラクターの傷が少しずつ見えてくる。この順番が絶妙なので、あとから感情の深さがじわじわ効いてきます。
透という主人公の魅力も大きいです。彼女は特別な力を持っているわけではなく、相手を無理に変えようともしません。ただ、相手の痛みを軽く扱わず、怖がられても丁寧に近づいていく。その姿勢が、草摩家の閉じた空気を少しずつ変えていきます。優しさを「なんでも許すこと」とせず、「相手の存在を雑にしないこと」として描いている点が本当にうまいです。
類書との比較
同時代の少女漫画には、ときめきや恋の駆け引きを主軸に置く作品も多いですが、『フルーツバスケット』はもっと家族と自己受容の話に寄っています。もちろん恋愛要素はありますが、それ以上に「自分はここにいていいのか」という根の深い不安を扱うので、年齢を重ねてから読み返すと別の刺さり方をします。
また、ファンタジー設定がある作品の中でも、本作は能力バトルや世界の謎より人の心の結び目へ焦点を当てます。派手さはないのに、人物の記憶に残りやすいのはそのためです。呪いを解く物語でありながら、実際には「言葉や態度で人をほどいていく話」として読める点が独自だと思います。
こんな人におすすめ
- 少女漫画でも、恋愛だけでなく家族や心の傷を丁寧に扱う作品を読みたい人
- 優しい主人公に救われる物語が好きな人
- 人との距離感や自己受容をテーマにした作品が好きな人
- 有名作を今あらためて読み直したい人
感想
この1巻を読むと、透の明るさが「強さ」でもあり「痛みを隠す方法」でもあることが少しずつ見えてきます。だから彼女の優しさはきれいごとに見えません。自分も傷ついている人が、他人の傷を雑に扱わない。その姿勢が草摩家の面々に効いていくから、読者も自然とこの家の空気を好きになります。
いちばん印象に残るのは、食事や会話のような普通の場面です。大事件ではなく、一緒にご飯を食べる、家へ帰る、名前を呼ぶといった行為が、居場所の回復として描かれる。ここが本作のやさしさであり、強さでもあります。非日常の設定がありながら、読後に残るのは案外そういう日常のぬくもりです。
初読でももちろん面白いですが、大人になってから読むとさらに効く1巻です。誰もが弱さを抱えていて、でもそれを全部克服してから愛されるわけではない。本作はそのことを、ごく自然な物語の流れで伝えてくれます。導入巻として読みやすく、それでいて長く心に残る一冊です。
少女漫画の入口としても、心の傷を扱う物語の入口としても、とても勧めやすい巻です。
有名作を今から読む人にも、昔読んで印象が止まっている人にも、入口として十分に強い1冊です。