レビュー
概要
父との死別を抱えながら、鏡のなかの肌と対話するようにスキンケアを取り入れていった記録。電車の窓に映った自分の顔を亡き父に重ね、言葉にならない悲しみをスキンケアのルーティンに組み込むことで、身体と記憶を再生させる。香りや温度、手の触れ方を細かに描きながら、ケアが儀式的な意味を持つようになるプロセスを追う。
読みどころ
- 第1章では電車の窓という“鏡”が持つ「他者との距離感」を描写し、顔に浮かぶ父の残像と自分の表情を重ねる。感情がぐっと沈む瞬間を呼吸と連動させる描写が印象的。
- 第4章では化粧水・美容液・クリームのステップを「問い」として書き表し、各ステップで自分に投げかける言葉を例示。香りや温度を「言葉の語尾」として位置づけ、肌が静かに返答する様子を描く。
- 後半では、母とのスキンケアの時間を共有することで記憶の重みを共有し、姿勢・呼吸・指先までを一緒に整える様子を描く。
類書との比較
『わたしのスキンケア手帖』『香りの記憶』が技術や商品を中心にしているのに対し、本書は喪失と再生を授業形式で語り、スキンケアの行為を感情の整理として再定義している。類書が外面的な美しさの追求に終始することが多いが、ここでは自分の身体の感覚を外からではなく内側から扱うため、喪失期の読者への寄り添いが深い。
こんな人におすすめ
- 身近な人との別れの後、肌に向き合う時間を見失っている人。
- スキンケアに感情的な意味を取り入れたい美容感度の高い読者。
- エッセイと美容を融合した記録を探しているノンフィクション好き。
感想
電車の窓と自分の顔を見合わせた瞬間の描写があまりにもリアルで、スキンケアの手順を追うたびに父の声がよみがえる。香りと記憶をリンクさせるワークを使うと、悲しみが静かに変容し、自分の肌を慈しむ力が回復していく。不在の父に話しかけるようにクリームをなじませるその瞬間が、祈りのように感じられた。皮膚のケアを自己の再起動とする、深い文章だった。