レビュー
概要
『八月の御所グラウンド』は、京都を舞台にした中篇2篇からなる青春小説です。スポーツの高揚感と、人生のほろ苦さが同居していて、読後に「やさしい余韻」が残ります。
収録されているのは、女子全国高校駅伝(都大路)に“ピンチランナー”として出場することになった女子高校生の物語と、早朝の御所のグラウンドで行われる草野球大会に巻き込まれる大学生の物語。どちらも「勝てばいい」や「努力が報われる」だけでは終わらず、青春の手触り(痛み、照れ、未練、救い)をちゃんと描いています。
万城目学の持ち味であるユーモアは健在なのに、今回はどこか静かで、じんわり効く。京都という土地の空気感も、観光パンフレットのように説明されるのではなく、登場人物の体温として立ち上がってくるのがいいところです。
読みどころ
1) 「スポーツ小説」なのに、心が温まる
駅伝も草野球も、競技としての“勝ち負け”がある。だから読んでいて気持ちが乗りやすい。
一方で本書が刺さるのは、競技の外側にあるものです。勝ちたい、認められたい、うまくいかなかった過去を取り返したい。そういう気持ちが、スポーツという場で自然に浮かび上がってくる。だから青春小説として強い。
2) 京都の描き方が「情緒」ではなく「現実」になっている
京都が舞台の物語は、雰囲気に寄りすぎると嘘っぽくなることがあります。
本書はその逆で、街の温度や距離感が、登場人物の行動と一緒に出てきます。暑い、寒い、迷う、歩く。そういう体の感覚があるから、京都が“実在の舞台”になります。
3) 2篇の並びが、読後の余韻を強くする
2つの物語は、主人公も状況も違うのに、読み終えると同じところに着地します。
それは「人生は、思い通りにならない。でも、思いがけない形で救われることがある」という感覚です。派手な奇跡ではなく、気づいたら心が軽くなっているタイプの救い。ここが本書の魅力です。
本の具体的な内容
前半の物語では、駅伝という“過酷な一本道”の中で、自分の弱点や不安と向き合う場面が出てきます。駅伝は「個人競技に見えて、完全にチーム競技」なので、責任の重さも、支え合いも強く出る。その緊張が、読みの推進力になります。
後半の物語は、草野球という“ゆるさ”をまとった場に、気持ちが置き去りになっている主人公が放り込まれる。そこから、関係や時間が動き出す。この流れがとても上手いです。
また、物語の中には、青春が戦争で断ち切られたという影が差し込みます。重く語りすぎず、しかし軽くもしない。そのバランスが、読者の感情に居場所を作ってくれます。
こんな人におすすめ
- 気合いの成功物語より、静かに背中を押してくれる小説が読みたい
- 京都が舞台の物語が好き(ただし“観光感”が強すぎるのは苦手)
- スポーツの熱量と、人生のほろ苦さが両方ほしい
- 読後に優しい余韻が残る本を探している
読後のアクション(1つでOK)
読後に残るのは、「失敗や後悔があっても、やり直しは“別の形”で起きる」という感覚です。
まずは、最近避けていた連絡を1通だけ返す、止めていた予定を1つだけ入れる、みたいな小さな一歩が合います。本書は、そういう行動の背中を押してくれるタイプの小説でした。
読みながら考えると深くなる問い
この本は、派手な逆転劇というより「時間が進む中で、人がどう折り合いをつけていくか」を描いています。読書中に次の問いを置くと、余韻が増えました。
- いまの自分は、何を“取り返そう”としているのか
- その取り返し方は、過去の再現になっていないか
- もし別の形で報われるとしたら、それはどんな形か
スポーツの場面がある分、気持ちが前に走りやすい。でも、読後に残るのは「前へ進むことの静けさ」だと思います。
気になった点(合わない人)
2篇とも、読後に大きな結論を押しつけません。余韻のまま終わる部分もあります。
そのため、
- 伏線回収の快感が強いミステリーを求めている
- “スカッと勝つ”物語が読みたい
という人には、物足りなく感じるかもしれません。
ただ、疲れている時期ほど、この“押しつけない”感じが効くこともあります。読書体力が落ちているときに、逆に読みやすいタイプの小説でした。
関連して読みたい
もし本書の「スポーツ×人生のほろ苦さ」のバランスが好きだったら、同じく“勝ち負けだけでは終わらない”タイプの青春小説や短編集と相性がいいと思います。
逆に、もっと笑って軽く読みたいなら、万城目学の他作品に手を伸ばすと、ユーモアの濃度が上がってまた違う楽しみ方ができます。