『ナイルに死す〔新訳版〕』レビュー
出版社: 早川書房
¥1,247 Kindle価格
出版社: 早川書房
¥1,247 Kindle価格
『ナイルに死す〔新訳版〕』は、旅のきらめきと、人間関係の湿度が同居するミステリーです。舞台はエジプト。風景は美しいのに、船の中は逃げ場がない。私はこの「開放感」と「閉塞感」の組み合わせが、すごく効いていると思いました。
事件の派手さだけでなく、登場人物たちの感情が強いです。羨望、嫉妬、憎しみ、プライド。誰かの成功や幸せが、別の誰かの痛みに繋がってしまう。そういう現実の嫌さが、ミステリーの緊張を底上げします。
限られた空間に、人が集まる。逃げられない状況は、それだけで疑いを増やします。会話も視線も、全部が意味を持ち始めます。
証拠より先に、感情の動きが怪しい。クリスティー作品の好きなところって、推理が「物」だけでは終わらないところです。本作もその魅力が強いです。
古典が苦手な人でも入りやすいと思います。文章のリズムが良いので、長編でも進みます。
旅先での出会いと、人間関係の絡まりが積み上がり、そこに事件が入ってきます。嘘をついている人物や、本当の顔を隠している人物は誰なのか。そういう疑いが、風景の美しさと対照的に強くなっていきます。
私は、事件のあとに空気の変わる描写が好きでした。今までの会話が、急に危険なものに見える。誰の言葉も信用できなくなる。その緊張が、船の中で濃く残ります。
古典ミステリーは、翻訳のテンポで読み味が変わります。新訳版は、言葉が今の感覚に近いので、人物の感情の揺れが入りやすいと思いました。嫉妬や憧れの湿度が、ちゃんと伝わる。だから、人間ドラマとしての怖さが増します。
クローズドサークルは「どこからどうやったの?」というトリック寄りの面白さもあります。でも本作は、感情の積み上げが主役です。だから、謎解きだけでなく、登場人物を観察する面白さがあります。
私はこの作品、謎解き以上に「嫉妬ってどう扱えばよかったのか」を考えてしまいました。嫉妬は、悪い感情だと決めつけられがちです。でも現実には、無かったことにできません。
この作品は、嫉妬が暴れる前に何ができたのか、という問いを残します。だから、読み終えたあともじわじわ効きます。
この作品は、恋愛や人間関係の感情が濃いです。だから、心が弱っている時期に読むと、引きずる人もいると思います。逆に、ドラマっぽい濃さを楽しみたいときには、かなり合います。
私は「旅に出たいけど、旅先で事件に巻き込まれたくない」みたいな気分のときに読みたくなる作品でした。安全な場所で、危ない船旅を味わう感じです。
私は、風景の美しさがあるからこそ、人の感情の暗さが際立つと思いました。旅って本来、開放的なもののはずです。でもこの作品では、旅が逃げ場にならない。そこが怖いし、面白いです。
新訳版は読みやすいので、古典に苦手意識がある人にもすすめやすいです。ミステリーの快感と、人間ドラマの苦さが両方ある。余韻の残る一冊でした。
謎解きだけをテンポよく楽しみたい人より、人の感情の揺れも込みで味わいたい人に向きます。逆に、恋愛や嫉妬の話がしんどい時期には、少し重く感じるかもしれません。
私は、登場人物を「好き/嫌い」で判断しながら読むより、「なぜそう動くのか」を観察しながら読むほうが面白いと思いました。感情の理由が見えてくると、推理も一段深くなります。
登場人物が多いので、最初だけ軽くメモすると楽です。誰と誰が近いのか、何に嫉妬しているのか。関係性が分かると、推理も気持ちも動きます。
それと、できればネタバレは避けたいです。事件の形や、誰が何をしたかは、知ってしまうと回復しません。何も知らないまま、船の中の空気が変わっていく過程を味わうのがいちばん面白いと思います。
私は、登場人物の「立ち位置」が変わるたびに、印象も変わる作品だと思いました。最初のイメージに固執しないで読むと、驚きが増えます。
読み終えたあとに残るのは、謎の解けた気持ちよさだけではなく、感情の後味です。そこが、この作品の強さだと思います。
私はこの作品を、推理の本というより「感情の事故の本」だと思いました。誰かの幸せが、別の誰かの痛みに触れてしまう。その触れ方が、怖いくらい現実的です。美しい景色の中で、人の心の暗さが際立つ。読後にじわっと残るミステリーでした。