『最強脳 ―『スマホ脳』ハンセン先生の特別授業― (新潮新書)』レビュー
出版社: 新潮社
出版社: 新潮社
『最強脳』は、ベストセラー『スマホ脳』の著者でもある精神科医アンデシュ・ハンセンが、「脳を鍛える」というテーマを子どもから大人まで届く形でまとめ直した一冊です。入口はデジタル環境の変化です。コロナ禍以降、自宅時間が増え、スマホやゲーム、SNSに触れる時間も伸びた。その結果として、集中力や記憶力が落ち、睡眠も乱れ、気分が沈みやすくなる——本書は、この流れを「意志が弱いから」で終わらせず、脳の仕組みから説明します。
特徴は、解説が“抽象論”で終わらない点です。各章の最後に「ドクターの処方箋」として、運動を軸にした具体的な工夫が置かれています。運動といっても、根性論のトレーニングではありません。散歩のような軽い動きが、脳へどう効くのかを、前頭葉や海馬、ドーパミンといった言葉で整理していきます。
本書の目次は、悩みの地図として読みやすいです。たとえば第1章では、脳がくれる「ごほうび」=ドーパミンの話から入ります。「いいね!」もドーパミンの元になる、と明言しつつ、SNSやドラッグ以外の“ごほうび”へ視線を戻す。そこで、運動が気分を底上げする処方として紹介されます。
第2章はストレス編です。ストレスを単純に悪者扱いせず、警報としての役割を認めたうえで、海馬や前頭葉がブレーキ役になることなどを説明します。ストレスホルモンの働きも含めて整理され、「時間に追われるストレス」まで扱います。現代人が感じる焦りは、脳の仕様として理解できる構成になっています。
第3章の「サバンナ脳を取り戻す」は、現代の環境が、進化の時間尺度から見ると急激に変わりすぎた、という視点です。人類史を24時間に置き換える比喩が入り、いまの生活が“脳にとって新しすぎる環境”だと腹落ちさせます。
集中力を扱う第4章では、「意識」が人を作るという言い方で、注意の向け方を組み替える話が出てきます。散歩だけでも脳に効く、という主張もここに入ります。さらに「マシュマロの心理学」が登場し、目先の誘惑に負ける構造を、努力ではなく仕組みで捉え直します。
第5章はADHDがテーマです。「誰もがある程度ADHD」という置き方が特徴で、強みと弱み、進化の中で残った理由、ドーパミンとの関係がまとめられます。続く第6章では、発散的思考と収束的思考を区別し、歩くことが発想と結びつく話へ進みます。
後半も具体的です。第8章はゲームで、灰白質と白質、得点10%アップのテクニックなど、“脳のトレーニング”が娯楽に現れる例として語られます。第9章はスマホで、前頭葉が衝動を抑える話や、着信音が注意を奪う落とし穴が出てきます。第10章は記憶で、作業記憶と長期記憶、海馬、タグ付けの発想、運動記憶といった部品が並びます。最後は運動の総まとめで、3段階の運動レベルや「楽しくなければ意味がない」という線引きが置かれます。
本書を読んでよかったのは、運動を神格化しないところです。「何から何までやる必要はない」と言い切り、スタートラインを「今ここ」に置く。ここが、読者に罪悪感ではなく行動の余地を残します。
また、スマホの章が説教にならないのも良いです。スマホは敵か、という問いを立て、衝動を抑える前頭葉の話まで落とし込んだうえで、時間の使い方を取り戻す方向へ戻ってきます。禁止ではなく、設計の話になっているので続けやすい。
この本は、読んだ瞬間に人生が変わるタイプではありません。代わりに、日常の小さな崩れを「脳の反応」として整理し直してくれます。集中できない、気分が重い、スマホを触りすぎる。そうした出来事が、道徳の問題ではなく、脳の報酬系と環境設計の問題として見えてくる。そこが救いでした。
とくに印象に残ったのは、マシュマロの心理学や、前頭葉が衝動を抑える話が、スマホの章とつながっていく点です。知識が断片で終わらず、「だから、こういう工夫が効く」という一本の線になっている。脳の取り扱い説明書として、手元に置いて見返したくなる一冊です。
もう1つ良かったのは、ゲームの章が“悪者探し”になっていないところです。プロゲーマーの能力や、灰白質と白質の話を通じて、練習が脳を作り替える現象として描きます。その上で、運動の処方へ戻ってくる。好きなものを否定せず、調整の選択肢を増やす書き方が、読後の行動につながりやすいと感じました。