レビュー
概要
『叫び』は、昭和と令和がつながる場所で、封印されていた声が溢れ出していく小説です。主人公の早野ひかるは「先生」に打ちのめされ、銅鐸と土地の来歴を学び始めます。その土地では、かつて罌粟栽培と阿片製造が盛んで、満州に渡って「陛下への花束」を編み、紀元2600年記念万博を楽しみにしていた青年がいた——。個人の人生と政治の時間が、思いがけない角度で重なっていきます。
読み心地は一言で言うと、濃い。歴史、土地、恋愛、政治、夢とロマン。材料が多いのに、ばらばらにならず「声」という一本の線でまとまっていく感じがあります。
「叫び」は、怒りの声というより、もっと複雑です。言えなかった声。言っても届かなかった声。言わないほうが生き延びられた声。その層を掘り起こすことで、過去が過去のまま終わらない感触が残ります。
読みどころ
1) 土地の来歴が、いまの生活の足場を揺らす
歴史は、知識として知るだけなら安全です。
でも、この小説は土地の来歴を「現在の感情」に接続します。自分が立っている場所が、どんな選択の積み重ねでできたのか。そこに触れた瞬間、いまの正しさが少し揺らぎます。
その揺らぎが、読後の残り方を強くします。
2) 昭和と令和が“地続き”になる怖さ
昭和は遠い。令和は今。
頭ではそう思っていても、社会の仕組みや欲望の形は、案外変わらないところがあります。『叫び』は、その変わらなさを「連続」として見せます。
ここが怖い。でも同時に、過去を他人事にしない強さがあります。
3) 「政と聖」が絡むことで、恋愛が軽くならない
恋愛があるから読みやすい、というより、恋愛があるから現実が重くなる。
政治の時間は個人を雑に扱うことがあります。その雑さが、恋愛や生活の具体の中でどう刺さるか。そこが描かれるから、物語が理念で終わりません。
本の具体的な内容
ひかるが「先生」に打ちのめされるところから、物語は動き出します。そこから銅鐸と土地の来歴を学び、過去の出来事が、単なる歴史ではなく、現在へ触れてくるものとして立ち上がっていく。
印象に残るのは、過去が「説明」されるのではなく、「声」として溢れ出すところです。声は、きれいにまとまりません。矛盾もあるし、恥もあるし、政治の匂いもある。
だからこそ、読む側も簡単に安心できない。読むほどに、過去と現在の距離が縮まり、「自分は何を見なかったことにしているか」という問いが残ります。
読み方のコツは、情報量に圧倒されそうになったら、「誰の声が封印されていたのか」に戻ることです。出来事の因果を整理しようとするより、声が出る条件(怖さ、利害、空気)を拾うほうが、この小説は深く入ってきます。
この作品が扱う「声」は、きれいな被害者/加害者に収まらない
土地の来歴に触れると、善悪の線引きが崩れます。
罌粟栽培と阿片製造、満州への移動、「陛下への花束」、紀元2600年記念万博——こうした要素は、教科書の中だと“歴史の出来事”です。でも小説の中に入ると、誰かの生活の選択になります。
そこで出てくる声は、正しいだけでも、被害だけでもない。夢やロマンが混ざり、恋愛が混ざり、政治が混ざる。だから読者は、単純に怒ることも、単純に泣くこともできません。その「整わなさ」が、逆に誠実だと感じました。
類書との比較
歴史と現代をつなぐ小説は多いですが、本作は「土地」と「声」に寄っているのが特徴だと思います。
史実を再現するより、史実が個人の感情へどう残るかに焦点がある。だから読後に残るのは、知識の増加よりも、現在を見る目の変化です。
こんな人におすすめ
- 歴史を“遠い話”ではなく、自分の生活に接続して読みたい人
- 情報量の多い小説でも、熱量で読み切れる人
- 政治と恋愛、土地と個人が絡む物語が好きな人
合わないかもしれない人
- すっきりした結末や、明快な善悪を求める人
- 情報量が多い作品が苦手な人
感想
『叫び』は、読み終えたあとに「軽いまとめ」ができない小説でした。良い意味で、感想が整わない。
過去の出来事を学ぶほど、今の生活は安全に見える。でも、その安全はどこかの封印の上に成立しているかもしれない。そういう気味の悪さと、目を逸らしたくない気持ちが同居します。
年末に読むと、1年の出来事の棚卸しが「自分の内側」だけでは足りないと気づきます。土地、制度、空気。自分の生活を支える外側を見直したくなる。そういう強い余韻が残る作品でした。