『GOAT Summer 2026 (shogakukan select mook)』レビュー
著者: 宮島未奈 / 尾崎世界観 / 山内マリコ / 市川沙央 / 梨 / 麻布競馬場 ほか
出版社: 小学館
著者: 宮島未奈 / 尾崎世界観 / 山内マリコ / 市川沙央 / 梨 / 麻布競馬場 ほか
出版社: 小学館
『GOAT Summer 2026 (shogakukan select mook)』は、小学館の新文芸誌「GOAT」第4号です。公式サイトでは「小説を、心の栄養に。」という掲げ方がされていて、エンタメと純文学の線引きを外し、「自分たちが心の底から読みたい、みんなに読んでほしい小説を集めた文芸誌」を目指している媒体だと説明されています。
今回の号の特集テーマは「食」です。楽天ブックスの商品説明と GOAT 公式サイトを見ると、小説、エッセイ、偏食エッセイ、食日記、対談、自炊レッスン、読書案内、文学賞企画までかなり幅広く組まれていて、単に「食べ物が出てくる作品集」ではありません。食を入口に、人の記憶、偏り、欲望、暮らし方、創作の姿勢まで広げていく構成になっています。
まず目を引くのは執筆陣の顔ぶれです。小説パートには宮島未奈さん、尾崎世界観さん、山内マリコさん、市川沙央さん、梨さん、麻布競馬場さん、山口未桜さん、芦沢央さん、青柳碧人さんなどが並びます。文芸誌は敷居が高そうに見えることがありますが、このくらい作家の幅が広いと、「誰か一人が気になって手に取る」導線がかなり作りやすいです。
しかも本号は、食をめぐる文章の見せ方が1つに固定されていません。小説だけでなく、角田光代さんや吉川トリコさんらのエッセイ、伊藤亜和さんやジェーン・スーさんらによる偏食エッセイ、でか美ちゃんによる食日記、山口祐加さんとダ・ヴィンチ・恐山さんの自炊レッスンまで入っています。同じ「食」でも、物語、生活、偏愛、実用へと角度が変わるので、誌面全体が単調になりません。
さらに GOAT らしいのは、読み物としての厚みと遊び心が同居している点です。宇多丸さん、宮部みゆきさん、米澤穂信さんらが選ぶ「私のGOAT本」、第1回GO-mono長編文学賞の発表、藤ヶ谷太輔さんの連載、俵万智さんと岸田繁さんによる短歌賞企画、京極夏彦館長へのインタビューなど、読む場所が多いです。ひとつのテーマ特集号でありながら、文芸の周辺文化までまとめて味わえる作りになっています。
食の特集というと、料理や食べ歩きの話に寄りやすいですが、この号はそこにとどまりません。偏食、自炊、対談、創作、読書案内まで広がるので、「食べること」がそのまま人の価値観や記憶の話へつながっていきます。テーマ設定がうまく、雑誌全体に奥行きがあります。
好きな小説家から入ってもいいし、ジェーン・スーさんや井上咲楽さんのような名前から入ってもいいし、文学賞やインタビュー企画目当てでも読めます。文芸誌の堅さを減らしつつ、質は落とさないという GOAT の姿勢がこの号でもよく出ています。
楽天ブックスの紹介では、テーマの「食」にちなみ、にんじんを使った紙やお茶を使った紙を採用し、切り抜いて使えるゴートくんのおべんとうしおりも付くと案内されています。紙の雑誌として手元に置きたくなる工夫まで入っているのは、デジタルでは置き換えにくい魅力です。
一般的な文芸誌は、作家名や掲載作品だけで勝負することが多いですが、GOAT は「どうすれば文芸誌をもっと手に取りやすくできるか」という設計そのものが前に出ています。誌名の由来に《Greatest Of All Time》とヤギを重ねている通り、少し遊びがあり、入口を複数作ることに意識的です。
また、この号は単なる夏号ではなく、「食」という日常的なテーマで読者を引き込みながら、その先に創作や文化の広がりを置いているのが特徴です。小説誌として読めますし、カルチャー誌として拾い読みもできます。この中間の立ち位置が GOAT の強みだと思います。
この号が面白そうだと思ったのは、「食」というテーマの選び方がうまいからです。食は誰にとっても身近なのに、そこから記憶、偏愛、貧しさ、楽しみ、創作、共同体までいくらでも広がる。文芸誌の特集としてかなり間口が広く、それでいて薄くなりにくいテーマです。
特に今回のラインナップは、話題性と雑誌としての密度のバランスがいいです。宮島未奈さん、尾崎世界観さん、山内マリコさんのように名前で引ける書き手が並ぶ一方で、偏食エッセイや自炊レッスンのような企画が入ることで、読書のテンションが一種類に固定されません。小説を真剣に読む時間も、気軽にページをめくる時間も両方つくれる号だと思います。
さらに GOAT は、紙で出す意味をきちんと考えている媒体だと感じます。にんじんの紙、お茶の紙、おべんとうしおりのような仕掛けは、単なるおまけではなく、「読む体験を雑誌として手元に残す」工夫です。読後に内容だけでなく、号そのものの手ざわりまで記憶に残りそうです。
総合すると、『GOAT Summer 2026 (shogakukan select mook)』は、文芸誌に少し距離があった人にも入りやすく、それでいて読み応えをきちんと確保した一冊だと思いました。特集テーマの近さと、執筆陣・企画の広がりがうまくかみ合っていて、今の文芸誌の面白さを試す入口としてかなり良さそうです。