レビュー
概要
『僕には鳥の言葉がわかる』は、鳥好きのエッセイに見えて、実際にはかなり本格的な科学ノンフィクションです。著者の鈴木俊貴は、シジュウカラが20以上の「単語」のような鳴き声を持ち、それらを組み合わせて文のように使っていることを世界で初めて解明した研究者。本書は、その研究成果だけを並べるのではなく、どう観察し、どう仮説を立て、どう検証してきたかを、一般の読者にも追える形で語っていきます。
タイトルは少し挑発的ですが、オカルト方向には行きません。むしろ逆で、「鳥の言葉がわかる」とはどういうことかを、観察と実験の積み重ねで慎重に描いていきます。そのため、かわいい鳥の本としても読めるし、言葉やコミュニケーションの本としても読めます。ここが本書のいちばん面白いところです。
本書が強いのは、発見そのものの驚きに加えて、「その驚きをどう証明したのか」まで一緒に見せてくれる点です。鳥の鳴き声が意味を持つらしい、と感じるだけなら感想で終わります。しかし著者は、録音し、聞き分け、再生し、反応の違いを確かめるという手順で、感覚を知識に変えていく。この流れがあるので、読者も単なる珍しい話として消費しにくいです。
読みどころ
最大の読みどころは、鳥のさえずりが単なる気分の音ではなく、意味を持った信号として扱われていく過程です。シジュウカラが捕食者に応じて鳴き分けたり、仲間に注意を促したりするだけでなく、複数の鳴き声を組み合わせて使っている、という発見はかなり刺激的です。言葉というと人間だけの特権のように思いがちですが、その前提を静かに揺らしてきます。
また、本書は研究の進み方がとても面白いです。最初から「鳥には文法がある」と決めつけるのではなく、鳴き声を録音し、状況との対応を見て、実験で反応を確かめる。科学の本としてかなり王道なのですが、鳥という対象のおかげでぐっと親しみやすくなっています。研究とは、ロマンだけでなく、地道な観察と検証の積み重ねなのだとよくわかります。
さらに、本書はコミュニケーションとは何かを考え直させます。言葉を持つとは、単語があることなのか、組み合わせがあることなのか、相手に意図が伝わることなのか。本書は鳥の世界を通じて、そうした問いを読者の前に差し出します。人間の会話や言語の起源に興味がある人には、かなり広がりのある読み方ができるはずです。
とくに面白いのは、鳴き声の順序まで含めて意味を考えるところです。音が何種類あるかだけでなく、どの順番で出ると仲間がどう動くのかを見ることで、「単語の寄せ集め」ではない可能性が見えてきます。ここまで来ると、本書は動物エッセイというより、言語学や認知科学に隣接する読み物として立ち上がってきます。
類書との比較
自然観察の本は感性に寄るものが多く、科学読み物は逆に硬くなりがちです。本書はその中間で、とてもバランスがいいです。鳥のかわいさや面白さを入り口にしながら、研究の筋道はきちんと保っています。そのため、理系に苦手意識がある人でも入りやすく、逆に科学好きの人にも物足りなさが少ないと思います。
また、言語学や動物行動学の入門として読めるのも本書の強みです。「言葉とは何か」を人間中心で考えすぎない視点が手に入るので、教養本としてかなり豊かです。人間関係の本ではありませんが、コミュニケーション理解の本として読む価値があります。
鳥に関する本は、図鑑寄りのもの、観察記寄りのもの、愛鳥エッセイ寄りのものに分かれがちです。本書はそのどれにも寄り切らず、研究現場の面白さを一般向けの言葉で運んでくれます。だから、鳥の知識がなくても入りやすいのに、読後の知的満足感はかなり高いです。
こんな人におすすめ
鳥が好きな人はもちろん、研究の面白さをやわらかく味わいたい人、言葉や会話の成り立ちに関心がある人、自然科学の本を一冊読んでみたい人に向いています。かわいいだけの本でも、難しいだけの本でもないので、間口がかなり広いです。
感想
この本の魅力は、「すごい発見でした」で終わらず、そこへ至る観察の目まで渡してくれるところです。鳥の鳴き声を聞くという日常的な行為が、研究の入り口になり、そこから言葉や知性の話へ広がっていく。その流れがとても気持ちいいです。読後には、身近な生きものの見え方が少し変わります。
特に印象に残るのは、鳥のコミュニケーションを解き明かす話なのに、人間の思い込みのほうがむしろ見えてくる点でした。言葉は人間だけのものだと決めていたのは、こちら側だったのかもしれない。そう思わせる力があります。知的好奇心とやさしさが両立した、かなりよくできた科学エッセイでした。
鳥の本という入口から、結局は「理解するとは何か」という大きな問いまで連れていかれるのも、本書の魅力です。かわいさだけでも、学術性だけでも終わらないので、読後に人へ話したくなります。自然科学の本をあまり読まない人にも勧めやすく、それでいて内容は薄くない。広く読まれる理由がよくわかる一冊でした。