レビュー

概要

『ルックバック』は、小学4年生の藤野と、不登校の京本という2人の少女が「描くこと」で結びつき、すれ違い、取り返しのつかない出来事を抱えながら前へ進む物語です。全143ページの長編読み切りですが、短編のように読める軽さでは終わりません。創作が人を救いも壊しもする、という怖さが最後まで途切れずに続きます。

物語の出発点は学年新聞の4コマ漫画です。藤野は毎週連載し、同級生や家族に褒められて「自分は描ける」と信じています。そこへ教師が「京本の漫画も載せたい」と言い、藤野の連載枠を1つ譲ってほしいと頼む。藤野は不登校の京本を勝手に見下していました。ところが、紙面に載った京本の絵は圧倒的で、藤野の世界が一気に揺れます。

具体的な内容:4コマの枠をめぐる屈辱が、努力の火種になる

京本の漫画が掲載されると、周囲の反応は露骨です。藤野の4コマが絶賛されていたのに、京本の画力を見た途端、藤野の絵が「普通」に見え始める。才能の比較は本人の努力とは関係なく起きてしまう。ここで藤野は屈辱を覚え、絵の本格的な練習を始めます。

この練習の描き方は、ただの成長物語ではありません。上達を目指すほど、藤野の生活は削れ、友人関係や家族との距離もぎこちなくなる。それでも藤野は京本に追いつきたい。けれど、何年も積んだ努力の先でも、京本の背景や線の精度には届かない。藤野は6年生の途中で連載を辞め、とうとうペンを折ります。

2人が出会う場面が強い:ファンだと言われてしまう残酷さ

小学校の卒業式の日、藤野は教師から「京本に卒業証書を届けてほしい」と頼まれます。藤野はこの日、初めて京本と対面します。そこで京本が口にするのは「藤野のファンだ」という言葉です。

藤野は京本を敵として想像し、追いかけ、諦めた。なのに京本は藤野を見ていて、憧れていた。屈辱の相手だと思っていた存在から「好きだ」と言われると、藤野の感情は整理できません。だからこそ藤野はもう一度描き始めます。京本にネームを読ませ、京本が作画に加わり、「藤野キョウ」というペンネームで漫画賞を目指す。2人で机に向かう時間の描写が、そこだけ妙に明るいのも効いています。

読みどころ:漫画を描くことが、人生の背中を支える

2人は13歳で応募した作品が準入選となり、読み切りを掲載していきます。アマチュアとして成功していく過程は王道の成長物語にも見えます。でも本作は成功の気持ちよさだけを描きません。描くことは、相手との距離を縮めると同時に、相手を置いていく行為にもなるからです。

藤野の創作は外へ向き、京本は内側へ向く。その向きがズレたとき、「一緒に描く」時間には期限があると気づきます。創作が続いても、関係は続くとは限らない。その怖さが静かに積み上がります。

取り返しのつかなさと、想像の分岐

物語の後半で起きる出来事は、読者の心を強引に持っていきます。藤野の中で「もしあのとき」が立ち上がり、想像の分岐として描かれる場面は、後悔そのものの形です。後悔は現実を変えられない。だから頭の中で何度もやり直してしまう。そのやり直しが、救いになったり地獄になったりする。ここが『ルックバック』の核だと思います。

読み終えて残るのは、創作の綺麗な教訓ではありません。描くことは誰かを救うかもしれないし、救えないかもしれない。それでも描くしかない人がいる。その厳しさを藤野の背中で見せてくる一冊です。

読後に残る問い:才能と努力の間にある「関係」

藤野と京本の関係は、友だちというより刺激と傷の塊です。藤野は京本に勝ちたい。でも同時に、京本がいなければ描けなかった時間もある。京本もまた藤野に救われています。けれど、藤野の努力が京本を置いていく瞬間も出てきます。

創作は一人で完結しそうで、誰かの視線に左右されます。褒められるから続くこともあるし、比較されるから折れることもある。本作は、その視線の残酷さと救いを同じ作品の中で両立させています。だから読後に残るのは「描けてよかった」ではなく、「描くしかなかった」という切実さです。

最後に残るのは、誰かを責める気持ちより、「あのとき自分は何を選べたのか」という問いです。その問いが残る限り、藤野の物語は終わりません。読み切りなのに、終わらせてもらえない感じがします。

こんな人におすすめ

  • 創作が好きで、好きだからこそ苦しくなる感覚に覚えがある人
  • 努力と才能の差に、言葉にならない悔しさを抱えたことがある人
  • 長編のような余韻を残す読み切りを探している人

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