レビュー
概要
『バリ山行』は、山と人生を重ねて“瞑走”する、純文学の山岳小説です。2024年第171回芥川龍之介賞を受賞した作品として話題になりました。
タイトルの「バリ」は、山の危険なルート(バリエーションルート)を想起させます。安全に整備された道ではなく、リスクを引き受けて進む道。その比喩が、仕事や人生の行き詰まりと重なっていきます。
あらすじの言葉だけでも、本作の輪郭が見えてきます。
会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的な生の実感を求め、山と人生とを重ねて瞑走する純文山岳小説。
派手な事件より、「生の実感」を掘り当てるための物語です。
読みどころ
1) 山の「危険」が、人生の比喩で終わらない
山の危険は、比喩にするときれいに見えます。でも現実の危険は、もっと生々しい。
本作は、その生々しさを“精神論”に回収しません。危険な道を行くときの身体感覚や、判断の怖さが、人生の話と同じ重さで置かれます。だから読者は、軽い自己啓発の気持ちで読めない。逆に、そこが芥川賞作品らしい強度です。
2) 「圧倒的な生の実感」という言葉が、読むほどに意味を持つ
生の実感は、成功でも幸福でもありません。むしろ、目の前が濃くなる感覚です。
仕事が惰性になる、毎日が薄くなる、感情が平板になる。そういう状態が続くと、人は“危険”の方へ引き寄せられることがあります。本作は、その危うさも含めて描きます。
3) 山と人生を往復しながら、読者に問いを残す
安全な道を歩くのは悪いのか。危険な道を選ぶのは勇気なのか。それとも逃避なのか。
本作は答えを出しません。答えがないから、読み手の人生が鏡になります。読後に残るのは物語の結末より、問いのほうです。
類書との比較
山岳小説には、冒険や遭難を軸にしたものがあります。本作はそれよりも内面へ寄ります。ただし、内面だけで閉じず、山の現実が常に背中にある。ここが違います。
また、純文学の受賞作というと難解さを警戒する人もいますが、本作は「分からない」より「怖い」が先に来るタイプだと感じました。怖さは、理解の手前で伝わります。
こんな人におすすめ
- 仕事や生活が薄く感じていて、「生の実感」を取り戻したい人
- 山や自然の中で、感情が立ち上がる経験がある人
- 芥川賞作品で、身体感覚の強い小説を読みたい人
- きれいに結論が出ない物語を楽しめる人
本の具体的な内容(何が起きる小説か)
あらすじが示す通り、本作は「バリの達人」との危険な道行きを軸に進みます。整備された道を歩くのではなく、バリエーションルートへ入る。そこで求められるのは、体力だけではなく、判断と覚悟です。
山での判断は、人生の判断と似ています。引き返すべきか、進むべきか。安全を取るか、実感を取るか。けれど似ているからこそ、山は簡単に“比喩”にはできない。進めば、危険は現実に迫ってきます。
本作は、この現実の危険と、人生の停滞が交互に響き合う構造です。
合わないかもしれない人
読後に爽快感を求める人、気持ちよく救われたい人には向かないかもしれません。山の物語は、ときに残酷で、優しくありません。
ただ、その優しくなさがあるから、人生をきれいに飾らずに見つめ直せます。現実が薄くなっている人ほど、この濃さは効くはずです。
読み方のコツ
本作は短いページ数ですが、密度が高いので、時間がある日に一気に読むのがおすすめです。途中で切ると、問いだけが残りやすい。読み切ってから戻ると、冒頭の“薄さ”の描写が違う温度で読めます。
山の経験がない人でも大丈夫です。専門知識より、「危険を前にした判断」や「戻れなさ」の感覚が核だからです。むしろ、人生の選択に迷っているときほど、山の比喩が刺さります。
感想
この本を読んで印象に残ったのは、“危険”が救いとして描かれているわけではないところでした。危険な道に行けば何かが変わる、という単純な話ではない。危険は、ただ危険であり、戻れない可能性もある。
それでも人がそこへ惹かれるのは、日常が薄くなりすぎるからかもしれません。安全な道を歩き続けた結果、感情の起伏が消えてしまう。そうなると、何か強い刺激で現実を取り戻したくなる。そういう危うい衝動が、作品全体に漂っています。
読後、気持ちは軽くなりません。でも、目の前の生活を「このままでいいのか」と考える強いきっかけになります。何かを変える前に読むと、変える理由が増えすぎるかもしれない。逆に、変えるか迷っている人には、迷いの輪郭をくっきりさせる一冊だと思いました。