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レビュー

概要

『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か』は、「分かり合える」ことを前提にせず、ズレがある状態でどう話すかを考える本です。コミュニケーションという言葉は便利です。ですが、目的も状況も相手も違います。雑談、会議、交渉、教育、家族。求められる振る舞いが同じになるとは限りません。

本書は、コミュニケーションを精神論ではなく技術として捉えます。分かり合えないのは失敗ではなく前提です。その前提に立つと、相手の理解を期待して落ち込むのではなく、伝え方や場の設計に意識が向きます。

コミュニケーションの悩みは、「相手が悪い」「自分が悪い」に落ちやすいです。しかし実際には、前提が共有されていないだけの場合も多いです。本書は、感情の話から少し距離を取り、会話の構造に戻してくれます。

読みどころ

読みどころの1つ目は、「コミュニケーション能力」を万能スキルとして扱わない点です。場面によって必要な能力が違うのに、ひとまとめにすると改善ができません。本書は、会話の目的や役割に目を向けさせ、どこでズレが起きるのかを考えやすくします。改善が具体化します。

2つ目は、わかりあえなさの原因を相手の性格に寄せないことです。相手が悪い、自分が悪い、と決めつけるほど対立は強まります。しかし、情報量や前提知識の差、立場の違い、時間制限など、ズレには構造があります。構造に目を向けると、相手を責めずに修正できます。ここは現場で効きます。

3つ目は、「伝わっているはず」という錯覚への自覚です。心理学では、自分の内側は他者にも透けて見えていると過大評価しやすいことが知られています(透明性の錯覚、DOI: 10.1037/0022-3514.75.2.332)。この錯覚があると説明を省き、意図は通じない場面が増えます。本書を読むと、相手に合わせて前提を言葉にする重要性が分かります。

4つ目は、会話を前に進めるための型が見える点です。議論が噛み合わないときは、用語の定義がずれていることがあります。そこで、相手の言葉を一度言い換えて確認する。目的を明示してから話す。結論の前に前提を並べる。こうした型は地味ですが、場面を選ばず効きます。本書は、型の価値を思い出させてくれます。

たとえば会議なら、「何を決める会議か」を最初に確認しないまま話し始めると、各自が別の目的を想定して議論します。すると、正しいことを言っていても噛み合いません。本書の視点で見ると、これは能力不足ではなく設計不足です。会議の目的、前提、制約(時間、予算、権限)を言葉にするだけで、衝突の多くは減ります。

こんな人におすすめ

  • 会議や相談で、話が噛み合わないと感じる人
  • 「コミュ力」を鍛えたいが、何を直せば良いか分からない人
  • 相手の理解を期待し過ぎて疲れやすい人
  • 教育やマネジメントで、伝え方の型を持ちたい人
  • 分かり合えない前提から、対話を組み立て直したい人

感想

この本を読んで良かったのは、「分かり合えない」ことが、絶望ではなく出発点になったことです。分かり合えないなら、どうするか。そこで初めて、目的、前提、手順、確認という観点が生きてきます。会話を運用として扱えるようになります。

実践としては、次の2つがすぐに効きます。1つ目は、結論の前に前提を一言で置くことです。2つ目は、相手の理解を確認する質問を挟むことです。「ここまでで前提は合っていますか」「次に何を決めたいですか」といった問いです。これだけでもズレの修正が早くなります。

もう少し付け加えるなら、沈黙を恐れないのも重要です。噛み合わないときに勢いで言葉を足すほど、誤解は増えることがあります。いったん区切って、ずれている点を確認する。場が整うと、同じ言葉でも伝わり方は変わります。本書は、そうした間の取り方も含めて、対話を見直すきっかけになります。

また、わかりあえなさを前提にすると、「相手を変える」より「伝え方を変える」へ発想が移ります。伝え方を変えるとは、媚びることではありません。主語を明確にする、根拠を添える、例を出す、相手の理解を確認する。こうした基本を丁寧に積むことです。本書は、その基本の重要性を、改めて思い出させてくれました。

コミュニケーションを才能の問題にしない。そういう態度を与えてくれる一冊でした。

わかりあえないことを前提にすると、対話は少しだけ楽になります。期待を下げるのではなく、確認と調整を増やす。その方向へ背中を押してくれる本でした。

対話の中で迷ったら、「今の話を一度まとめます」と宣言して要約するのも有効です。要約すると、ずれが露出します。露出すれば修正できます。本書は、そうしたメタな一手を持つ重要性を教えてくれます。

対話を楽にしたい人にとって、具体的な支えになるはずです。

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    佐々木 健太

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