レビュー
概要
『ハサミ男』は、「ミステリって、こんなに読者の足元をすくってくるんだ」と思わされる一冊です。猟奇的な連続事件、模倣犯の存在、捜査の行き詰まり。素材だけ見るとかなり刺激が強いのですが、本作の面白さはショッキングさよりも、物語の組み立て方そのものにあります。
タイトルから受ける印象通り、描写には残酷さが含まれます。なので、グロテスクな表現が苦手な人は注意が必要。それでも、単に怖がらせるための猟奇ではなく、「読者が当たり前だと思っていた読み方」を揺らすために機能している点が、この作品の凄さだと感じました。
読みどころ
1) “情報の出し方”がずるいくらい巧い
本作は、事件の断片を小出しにして、読者の頭の中で勝手に「こういう話だろう」と組み立てさせます。その状態で、ある瞬間に視界がひっくり返る。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、読んでいる最中の自分の推理や解釈が、後から別の形に回収される気持ちよさがあります。
2) 模倣・模造・コピーがテーマとして刺さる
連続事件と模倣犯という設定は、現実でも“コピーが連鎖する怖さ”を思い出させます。誰かの行為が、別の誰かにとってのモデルになってしまう。そこに、個人の倫理だけでは止められない流れが生まれる。このテーマが、ミステリの仕掛けと重なっているのが上手いんですよね。
3) 読後に「もう一度読みたい」が湧くタイプ
1回読んで終わり、ではなく、読み終えてから「最初のあの場面って、そういうことだったのか」と戻りたくなる本です。ミステリとしての満足感に加えて、読者が“読んだ経験”そのものを組み替えられる。こういう作品は貴重だと思います。
4) 不快感や恐怖が“物語の装置”として配置されている
猟奇事件を扱う作品は、どうしても「刺激の強さ」が先に立ちがちです。でも本作は、怖さや不快感が目的ではなく、読者の思考を特定の方向に誘導するための装置になっている印象でした。つまり、嫌な気持ちにさせられた時点で、すでに物語に乗せられている可能性がある。そう考えると、怖いのに面白い、という矛盾が腑に落ちます。
本の具体的な内容(ネタバレ控えめ)
物語は、猟奇的な連続殺人事件を軸に進みます。捜査が進むほどに、犯人像が固定されそうになるのに、別の要素が割り込んできて話が簡単にまとまらない。その不穏さが続きます。
ポイントは、「誰が何を見ているか」が揺らぐこと。ミステリでは、視点の安定が推理の土台になります。でも本作は、その土台を少しずつずらしてくる。読者は、事実を追っているつもりで、実は“見たい形”で読まされていたのかもしれない、という感覚に陥ります。ここが一番の醍醐味です。
類書との比較
ミステリの“どんでん返し”が好きな人は多いと思いますが、『ハサミ男』は驚かせ方が派手というより、読者の思考の癖を利用するタイプです。綾辻行人の館ものが「舞台装置としての驚き」を作るなら、こちらは「読み方そのもの」を装置にしている印象。
また、猟奇事件を扱う点ではサイコサスペンスの領域にも近いです。ただ、怖さの中心は血や暴力ではなく、「認識がズレる怖さ」だと思いました。残酷描写が苦手でも、ミステリの技巧を味わいたい人なら挑戦する価値があります(もちろん無理はしないでください)。
こんな人におすすめ
- 本格ミステリの仕掛けで驚きたい人
- 叙述トリックや視点の揺さぶりが好きな人
- サスペンス要素が強い作品でも読める人(残酷描写に耐性がある人)
- 読後に考察したくなるミステリを探している人
感想
この本の怖さは、事件そのものよりも、「自分がどれだけ簡単に思い込みで読んでしまうか」を突きつけられるところでした。人って、早く結論にたどり着きたいから、無意識に情報を整理してしまう。その整理の仕方を、作者が見透かしているように感じる瞬間があるんですよね。
読み方のコツとしては、勢いで一気読みしつつも、途中で出てくる細部(言い回しや、違和感のある説明)を軽くメモするくらいがちょうどいいと思います。私は読み終えた後、何がどう効いていたのか振り返りたくなって、結局もう一度パラパラと戻りました。
正直、万人向けではありません。残酷な題材は好みが分かれるし、物語の揺さぶり方も好き嫌いが出る。でも、ミステリの“驚き”を久しぶりに全身で浴びたい人には、かなり強くおすすめできる一冊です。読み終えた後に、少しだけ世界の見え方が変わる。その感覚が残りました。
あと、これだけは言っておきたいのですが、読前にネットの解説や考察を読みすぎない方が楽しめます。キーワードひとつで体験が変わってしまうタイプの作品なので、できれば真っ白な状態でページを開いてほしい。読み終えた後に「あれは何だったんだろう」と検索したくなる気持ちも分かるけれど、その順番を守るだけで満足度が上がると思います。