レビュー
概要
『駄犬に注意! 第5巻』は、漫画家・湊太と、翔吾の関係が「外」に触れはじめることで、恋愛と仕事の摩擦が増えていく巻だ。原作を担当するドラマのキャスト発表というイベントが、湊太の知名度を一段押し上げる。その結果、2人の関係は“私的”ではいられなくなる。
恋愛は、2人だけの問題のようで、案外そうではない。仕事、世間、噂、タイミング。外部要因が増えるほど、関係は揺れる。この5巻は、その揺れを「会わない」という選択にまで押し込むところが苦い。だからこそ、甘さよりも切実さが前に出てくる。
読みどころ
1) 有名になることが、関係を壊す理由になる
湊太が有名になると、翔吾は関係が世間に知られることを怖れる。ここがリアルだと思う。好きだからこそ、相手の仕事を守りたい気持ちが出る。その結果、距離を取るという矛盾した行動が起きる。
「隠す」ことは短期的には安全に見えるが、長期的にはコストも生む。心理学でも、自己の秘密や属性の隠蔽がメンタルヘルスと関連しうることが、概念整理とメタ分析で論じられている。もちろん状況は千差万別だが、関係の“隠し方”がストレス源になりうる点は重要だ。doi:10.1037/bul0000271
2) 会えない時間が、関係の強度を試す
会えない期間は、関係の弱さを暴くこともあれば、逆に本音を炙り出すこともある。本巻は、後者の緊張感が強い。会えない理由が善意だからこそ、怒りだけで終わらない。読者は、正しさよりも、寂しさの方を受け取る。
3) BLとしての甘さと、生活の重さのバランス
本作は甘いだけではない。ただ、重くなりすぎない。描き下ろしの存在も含めて、読み手が息継ぎできる配置になっている。恋愛の話は、言葉にした瞬間に世界が変わることがある。自己開示と好意の関係をまとめたメタ分析もある。開示の積み重ねが関係に影響する点が示されている。doi:10.1037/0033-2909.116.3.457
類書との比較
学園中心のBLに比べると、本作は「仕事」と「世間」の比重が大きい。だから、好きの気持ちが試される場面も増える。愛情の強さではなく、生活の設計として恋愛が描かれる。そこが特徴だと思う。
一方で、重い現実だけを突きつける作品ではない。コメディや甘さの回収もあり、読者は感情を回復させながら読み進められる。
こんな人におすすめ
- 恋愛が「2人だけ」で完結しない話を好む人
- 芸能や仕事の要因で揺れる関係に惹かれる人
- 甘さと切なさの両方を読みたい人
逆に、軽いテンポだけを求めると、5巻は苦味が強く感じるかもしれない。
感想
この巻を読んで残るのは、「守るために離れる」という矛盾の痛さだ。現実でも、隠し事は関係を守る手段になりうる。ただ、それが長く続くと、心身に別の負荷がかかる。自己を隠すことが痛みと関連するという報告もあり、隠蔽はコストゼロではない。doi:10.1037/a0024287
仮説だが、5巻は「恋愛の問題」より「境界の問題」を描いている。どこまでを公にし、どこまでを私にするか。その境界線を引き直す作業が、2人の関係を次へ進める。だから苦いのに、続きが気になる。
参考文献(研究)
- Pachankis, J. E. (2020). Sexual orientation concealment and mental health: A conceptual and meta-analytic review. Psychological Bulletin. doi:10.1037/bul0000271
- Collins, N. L., & Miller, L. C. (1994). Self-disclosure and liking: A meta-analytic review. Psychological Bulletin. doi:10.1037/0033-2909.116.3.457
- Uysal, A., Lin, H. L., & Knee, C. R. (2011). Is self-concealment associated with acute and chronic pain? Health Psychology. doi:10.1037/a0024287