レビュー
概要
『正義の申し子』は、匿名性と“正義ごっこ”が増幅しやすいネット社会を舞台にした群像エンタメです。作中の導火線になるのは、カリスマユーチューバーの純が配信で「不当請求業者」をおちょくり、視聴者の喝采を得る展開。ところが、その配信の餌食になった側の鉄平が、純を捕まえるべく動き出し、出会うはずのなかった2人がぶつかっていきます。
面白いのは、「悪いやつを懲らしめたらスカッとする」という単純な構図で終わらず、正義を掲げる側にもコストが返ってくるところです。ネットの“制裁”はボタン1つで参加できる反面、現実の摩擦は必ず誰かが背負う。本作はそのズレを、テンポの良い騒動と視点切り替えで読ませます。
紹介文では「横溝賞作家が放つ」とも銘打たれていて、エンタメ性は強い一方、テーマはわりと刺さります。炎上、晒し、再生数、匿名の嘲笑。現代の空気を材料にしながら、「正義」と「娯楽」と「暴力」が近い場所にある怖さを描くタイプの小説です。
読みどころ
1) “正義の快感”の裏側を、手触りで見せる
純の配信は、視聴者の感情を動かす装置としてよくできています。敵が分かりやすく、勝ち方も派手で、コメント欄も盛り上がる。しかし、その快感が強いほど、視聴者は「もっとやれ」を求め、本人も引き返しにくくなります。正義がビジネスになった時、何が起きるのかを物語の速度で体感できます。
2) “やられた側”にも視点が入り、善悪が単純化しない
不当請求業者の鉄平は、もちろん褒められる存在ではありません。ただ、彼が動き出す理由や、追い詰められ方が描かれることで、読者は「悪いやつだから何をしてもいい」とは言い切れなくなる。正義を振りかざすときに、いつの間にか踏み越える線がある。その危うさが、人物の行動として立ち上がります。
3) 群像劇としての“巻き込み力”が強い
ネットの騒動は、当事者だけの話で終わりません。知人、仕事、家族、金、評判。周辺の利害が吸い込まれていくことで、物語が加速します。登場人物の「判断ミス」が連鎖しやすい構造になっていて、ページをめくる手が止まりにくいです。
類書との比較
SNSや炎上を題材にする小説は、教訓へ寄せすぎると説教くさくなります。エンタメへ寄せすぎると、今度は倫理が空洞になりがちです。本作はその中間で、読み味は軽快です。それでも「自分も同じことをやっていないか」とチクリと刺してきます。
とくに刺さるのは、正義の言葉が“免罪符”として機能してしまう瞬間です。誰かを叩くとき、人は「相手が悪いから」という理由で自分の攻撃性を正当化します。本作は、そのスイッチが入る速さと、引き返しにくさを、騒動の連鎖で見せてきます。
群像劇としては、複数視点が交差しながら最終的に収束していくタイプが好きな人に向きます。謎解きやトリック一本で引っ張るというより、行動と感情の連鎖で事態が肥大化していく面白さです。
具体的な活用法(“消費”で終わらせない読み方)
1) 読みながら「正義の定義」を言語化する
登場人物はそれぞれ、自分の行為を正当化する理屈を持っています。純は再生数だけではなく、“悪を懲らしめる”という旗を掲げる。鉄平もまた、自分なりの線引きを持つ。読むときに「この人の正義は何か」を一言で書き出すと、後半の判断がより刺さります。
2) “参加コストの差”に注目する
視聴者はコメントで参加できる一方、当事者は現実の損害を受けます。この非対称性が、ネットの暴力を生みやすい。読後に、作中で「誰が一番コストを払ったか」を整理すると、物語が社会の縮図として見えてきます。仕事の炎上対応やクレーム対応でも、似た構造は起きます。
3) 中盤で一度止めて、結末を予想してから読む
本作はテンポが良いので一気読みしやすいですが、あえて中盤で止めて「この騒動はどう落ちるか」を予想してみるのもおすすめです。予想と実際のズレから、自分がどこに“罰”や“救い”を求めているかが見えます。読後の余韻が長くなります。
こんな人におすすめ
- YouTubeやSNSの炎上を、他人事でなく考えてみたい人
- 群像劇で、騒動が連鎖していくタイプのエンタメが好きな人
- 「正義」と「娯楽」が近いことにモヤっとした経験がある人
- 読後に誰かと議論したくなるテーマ小説を探している人
感想
『正義の申し子』は、ネットの“制裁”をただ批判するのではなく、なぜ人がそれを面白がるのか、なぜ本人が止まれないのかまで含めて描いているのが良かったです。正義の側にいる気分は気持ちいい。しかし、その気持ちよさは、簡単に暴力へ変わります。そこを小説として面白く読み切らせたうえで、最後に自分の行動を振り返らせる。エンタメと問題提起のバランスがちょうど良い一冊でした。