レビュー
概要
魔法と科学が混濁した「ホール」と呼ばれる都市には、人間の顔面を後ろ盾にする魔法使いと、肉体が溶けていく人間が混在している。物語の中心にいるのは、記憶を失った顔がトカゲの男・カイマンと、彼の相棒である魔法使いのニカイドウ。1巻ではカイマンの口から最初に発せられる「私は誰かに顔をめくられた」怒りが導入され、ニカイドウが魔法使いの頭領・藤松からの依頼を受けながら、裏社会で排出される「ドロドロ」の残骸を追う。「顔を見せたら血を見せろ」といったホールの掟が、各章ごとの暴力と呼応しながら、カイマンのアイデンティティと魔法の起源を徐々に浮かび上がらせている。
読みどころ
1巻序盤の「居酒屋と魔法使いの交渉」は、炭火の煙と血しぶきの質感がコマ割りにまでにじみ出しており、カメラのような視点で敵対する魔法使いを観察するカイマンの視線が生々しい。ニカイドウが魔法使いの内臓にアイスピックを刺し、種子と樹液のような「再生液」を抽出する場面で、この異世界の生態系が明解になる。フィギュアのように精密なデフォルメ、そしてカイマンが腹に仕込んだ銃を魔法の対象にする描写は、暴力とユーモアのバランスを保ちつつ、アクションの連続性を保証している。
類書との比較
荒唐無稽な世界観は『ベルセルク』や『BLAME!』にも通じるが、ドロヘドロは「泥のようなテクスチャ」を武器にして人間の身体を掘り下げる。荒木飛呂彦の『ジョジョ』シリーズが超能力者の奇妙さと哲学的な思弁を融合させたのに対し、林田球は魔法の物質性と社会階層の対立を同等に扱う。『亜人』が死生観の不確定性を描くのに似て、カイマンの不死性が「肉体の再生と記憶の欠落」という人間条件を再検討させる。全体として、ブラックメタルなビジュアルと古典的な「誰が誰か」を追う探偵構造が併走し、他のファンタジーと一線を画している。
こんな人におすすめ
バトルとサイコホラーを同時に摂取したい人。異世界の「魔法」の符号をエキゾチックな生態系として読んでみたい人。映像で言うところの「ネオン+錆び」を好み、焼けた金属や血液の匂いを想像しながら読みたい人。
感想
カイマンとニカイドウの行動は、Clifford Geertzの「厚い記述」に似た構造で、行為そのものを記述することで世界の構造が透けて見える。彼らのバディ関係を構造主義的に考えると、カイマンが失った顔=「語り得ない記憶」であり、ニカイドウがそれを補う行為的なリアリズムである。魔法使いを捕まえるたびに、社会学では「符号の交換」という概念を思い出し、世界の「意味が過剰に露出」する場所を目撃したような感覚になる。1巻を読み終えた今、この世界の泥は決して洗い流せないし、それが物語の力を強めている。