レビュー
概要
ホビー作家志向の高校生・五条新菜(ごじょう わかな)は、雛人形の頭師を目指して被服実習に没頭する日々を送っていた。クラスきっての美少女・喜多川海夢(きたがわ まりん)は、実は週末にコスプレイヤーとしてステージに立つプロだった。ある日、海夢の衣装の釦が走行中に外れたことから、新菜は彼女の裾を縫い直す仕事を引き受け、そこから「着せ替え人形」の制作によって二人だけの時間が生まれる。1巻では、初めて互いの世界を覗き込んだ男女が、針と糸で触れ合いながら距離を詰め、「プロの光」と「手作りの手間」を並列して見せる構造が中心になる。
読みどころ
第1話では、夜の文化祭で新菜が海夢の見せる“ステージ衣装”を陰で修復する姿と、翌日には手作業で人形向けの細緻な縫製に立ち返る姿が交互に描かれ、「自分が向き合う相手によって針に込める力が変わる」という描写が印象的だ。第2話では、海夢が新菜の家に訪れて「わたしは自分の身体に対しても正直でいたい」と語る場面で、コスプレの素材と同じ要素が新菜の人形制作へと逆流する。海夢のプロの撮影現場では、ニューヨーク帰りのスタッフが照明を「色温度のトーンカーブ」として扱う描写もあり、コスプレが単なる趣味ではなく、実験として成立していることが静かに示される。
類書との比較
本人の職業観とオタク文化を織り交ぜる点では、『推しが武道館いってくれたら死ぬ』と近いが、あちらがファン側の共感に重きを置くのに対し、本作は「制作する側」の視点にこそ主語を置いている。制作工程や装飾の手順が細かく描かれる構成は、『氷菓』のような“ものづくり”ミステリーに通じ、細部の匠さを描きながら関係性を積み上げる。コスプレの衣装が持つ色彩感は、『恋は雨上がりのように』のようにキャラクターと色を紐づけて心理を可視化する手法にも似ており、実務的な作業描写と感情の間を丁寧に橋渡ししている。
こんな人におすすめ
コスプレという言葉を知っているが「衣装の仕組み」を知らない人。細かい手仕事が好きで、誰かの熱を布に写し取りたいと思っている人。文化祭や演劇で舞台衣装を担当したことがある人にも、缶バッジの数とは違う「バランスのよい衣装感」を思い出させてくれる。
感想
この巻は、人形職人の新菜が光を集める海夢の側に立ちながらも、布が放つ反射を自分のリズムで読み取っていく物語だった。社会心理学的には、互いの期待と不安のズレを「交換理論」で読み解くことも可能だ。Thibaut & Kelley (1959) の交互作用理論でいう“経済的な交換”ではなく、互いの技能を相手のために投資していく「信頼の再構築」がここでは描かれており、それを知るとコスプレの袖やレースの縫い合わせに新たな意味が生まれる。継続的に手を動かすことで信頼が熟成し、「物語の服が動き出す」瞬間が心に残った。