レビュー
概要
『私の少年(1)』は、スポーツメーカーに勤める30歳の多和田聡子が、夜の公園で12歳の美しい少年・早見真修と出会うところから始まります。作品紹介の時点で投げられる問いは「この感情は、母性?それとも――」。この一言が、読書体験の空気を決めてしまう強さがあります。
さらに、聡子が抱える「元恋人からの残酷な仕打ち」、真修が向き合う「家族の高圧と無関心」。二人が背負っているものが、出会いの場面の静けさと対照的に重い。そのギャップが、1巻を読んでいてずっと胸に残ります。
読みどころ
1. “危うさ”を、真正面から外さない
年齢差のある二人の交流を描く作品は、読む側にも緊張が走ります。『私の少年』はその緊張を、都合よく薄めません。聡子の視線、真修の無防備さ、周囲の目、そして本人たちの自覚と無自覚。その全部が、同時に並べられていく。だからこそ、読んでいる側は簡単に「綺麗な話」にして逃げられないんですよね。
2. 孤独の質が違う二人が、同じ場所に立つ瞬間
聡子の孤独は、大人として社会の中で摩耗していくタイプのものです。一方、真修はまだ12歳で、守られるはずの場所から押しつぶされている。状況も立場も違うのに、夜の公園で出会った瞬間だけは、二人とも“誰にも言えない”ところにいる。この1巻は、その共鳴の描き方がとても繊細です。
3. 優しさが、救いにも刃にもなり得る描写
聡子が真修に向ける感情は、読者が勝手にラベルを貼りたくなる種類のものです。でも、作品は「母性」か「恋」か、どちらかに閉じ込めることを拒みます。名前の付かない優しさがある一方で、優しさは境界線を曖昧にもする。1巻の時点で、その両方が提示されているのが怖いし、目が離せなくなりました。
こんな人におすすめ
- ただの癒やしではない、人間関係の“難しさ”まで描く漫画を読みたい人
- 年齢や立場の違いが生む緊張感を、誠実に扱う作品を探している人
- 大人の孤独と子どもの孤独、その両方に心当たりがある人
- 読後に簡単な答えが出ない作品を好む人
感想
この1巻は、読んでいて何度も「ここ、言葉にしたら壊れそうだな」と感じました。聡子と真修の関係は、説明しようとすると必ずどこかがこぼれてしまう。だからこそ、作中で描かれる“間”や沈黙が、台詞以上に雄弁です。
「元恋人からの残酷な仕打ち」や「家族の高圧と無関心」といった背景があると、人は優しさを欲しくなる。でも同時に、優しさを受け取ることは、相手に期待してしまうことでもあります。聡子が真修に近づくこと、真修が聡子を必要だと感じていくこと。その流れが自然に見えるほど、周囲の現実や倫理が追いかけてくる。読者もその板挟みに巻き込まれる構造が、すごく強い。
それでも、夜の公園で出会った二人が、互いの孤独に触れてしまった瞬間の切実さは否定できません。だから簡単に断罪もできないし、簡単に肯定もできない。読み終えたあとに残るのは、甘さではなく、薄い痛みのようなものです。その痛みがあるからこそ、次の巻で二人がどんな選択をしていくのか、見届けたくなる。そんな引力を持った1巻でした。
作品紹介の「この感情は、母性?それとも――」という問いは、読者にとっても逃げ道を塞ぐ言葉です。母性と言ってしまえば安心できるし、恋と言ってしまえばドラマになる。でも本作は、どちらの言葉でも説明しきれない、曖昧な感情のまま提示してきます。曖昧さを残すことは、優しさでもあり、残酷さでもある。その二面性が、1巻の読み味を独特なものにしていました。
そして、舞台が「夜の公園」なのも象徴的です。昼間の社会的な顔や肩書が薄まりやすい場所で、30歳の会社員と12歳の少年が出会う。静かな場所だからこそ、二人の孤独がはっきり浮き上がるし、同時に“誰かに見られてしまったら終わる”という緊張も生まれる。読んでいる側は、その緊張にずっと付き合わされます。ページをめくる手が軽いのに、胸の奥は重い。こういう矛盾した感覚が、作品の強さだと思いました。
また、聡子の「元恋人からの残酷な仕打ち」は、単なる可哀想な過去として消費されません。大人の恋愛で受けた傷が、その後の視線の向け方や、距離の取り方に影を落とす。真修も「家族の高圧と無関心」という言葉だけでは済まない息苦しさを抱えています。二人が抱える痛みの種類は違う。だからこそリアルでした。共感で寄り添うのではなく、違いを抱えたまま同じ場所に立ってしまう。その危うさを描くからこそ、この作品は簡単に忘れられないんですよね。
読後に「良い話だった」とすっきり終わるタイプではないので、気持ちが弱っているときは少し注意が必要かもしれません。けれど、簡単な答えを出さないからこそ、読み手の側にも“考える余白”が残ります。聡子と真修の交流を、どこまでを救いとして見て、どこからを危うさとして見るのか。その揺れを抱えたまま読める人にとって、1巻はかなり濃い読書体験になると思います。