レビュー
概要
『かくしごと』1巻は、下ネタ寄りのギャグ漫画を描いている漫画家・後藤可久士が、一人娘の姫に自分の仕事を知られまいとして必死にごまかし続ける父娘コメディです。設定だけ見ると一発ネタに見えますが、1巻の時点でかなり完成度が高いです。漫画業界ネタのくだらなさと、父親としての過剰な心配が気持ちよく噛み合っていて、笑えるのに少し切ない空気も残ります。
読みどころ
- 可久士の隠し方が徹底してばかばかしいです。娘にバレないよう仕事道具を隠し、言い訳を積み上げ、時には自分で状況を悪化させる。その空回りがずっと面白いです。
- 漫画家の仕事場パートも強いです。アシスタントや編集とのやり取りが、久米田康治らしい業界ギャグとしてよく回っています。
- 姫がただ守られる存在ではなく、天真爛漫で、でも父の異常な挙動にちゃんと反応するのが良いです。姫がいるから可久士の必死さが際立ちます。
- コメディの形を取りながら、父親の不安や愛情がかなり真っ直ぐに見えるのも魅力です。
本の具体的な内容
1巻では、可久士が自分の連載している漫画の内容を姫に知られないよう、日常のあらゆる場面でごまかし続けます。仕事へ行くときの説明1つから大騒ぎで、漫画家という職業そのものではなく「どんな漫画を描いているのか」を隠したいのが可笑しいところです。姫はまだ幼く、父の説明をそのまま信じることもあれば、思いがけず核心に触れることもある。そのたびに可久士が全力で取り繕うので、1話ごとにきれいな起伏ができます。
同時に、漫画家としての可久士の現場もかなりしっかり描かれます。アシスタントたちは癖が強く、編集とのやり取りも決して優雅ではありません。原稿を仕上げるための慌ただしさや、商売として漫画を描く現実がギャグとして処理されていて、父娘パートと並ぶもう1つの柱になっています。
この2つが並ぶことで、可久士という人物がただの変人ではなくなります。娘にはきれいな父でいたい。でも仕事では泥くさく生きている。その落差が1巻の時点でよく見えるので、笑い話として終わらず、可久士の必死さに少し胸が詰まります。
さらに面白いのは、可久士の隠し事が毎回大事件に見えるのに、きっかけ自体はかなり小さいことです。姫のちょっとした質問、学校での何気ない会話、家へ置きっぱなしにした仕事道具。そうした日常のズレがそのまま可久士の大騒動につながるので、父娘コメディとして非常にテンポがいいです。大人が一人で空回りし、子どもは案外まっすぐ受け止める。その落差で笑わせる構造が1巻からよくできています。
また、可久士が「姫のため」と言いながら、どこかで自分の見栄や羞恥心も守ろうとしているのが作品に厚みを出しています。純粋な親心だけで動いているならここまでこじれません。父として立派でいたい、娘の前では格好悪く見られたくない、仕事の現実は見せたくない。その全部が混ざっているから、可久士は面白いだけでなく少し情けなく、そこが人間味になっています。
類書との比較
家族コメディは多いですが、『かくしごと』は父親の職業と愛情がそのままギャグの動力になっているのが独特です。父娘ものとして読めるし、漫画業界ものとしても読める。この二本立てが強いです。
また、親が子どもに隠し事をする物語でも、本作はシリアスに秘密を守るのではなく、毎回かなり馬鹿馬鹿しい方向へ転がします。その軽さがあるからこそ、たまに見える寂しさが効きます。
こんな人におすすめ
- 漫画家ネタの多いコメディが好きな人
- 父娘ものでも湿りすぎない作品を読みたい読者
- くだらなさと切なさが同居する漫画に惹かれる人
- 久米田康治の言葉のテンポが好きな人
感想
1巻を読むと、可久士の過保護さがまず笑えます。姫に嫌われたくない、変な目で見られたくない、その気持ちが極端に振り切れていて、隠し方が毎回おかしい。ただ、そのおかしさの根っこにちゃんと愛情があるので、笑いが嫌味になりません。
漫画家パートもかなり好きです。アシスタントや編集との会話が雑で、業界のしんどさも見えるのに、それを愚痴で終わらせずコメディに変えるのがうまい。家庭の中の父と、仕事場の漫画家が別人みたいに見えるのも面白いです。
姫の存在の描き方も効いています。ただ「かわいい娘」が置かれているのではなく、可久士の言葉を信じ、父を尊敬し、でも大人の事情まではまだ知らない子どもとして描かれている。その無垢さがあるから、可久士の嘘は笑える一方で少し危ういものにも見えてきます。父娘の距離が近いほど、この隠し事はいつか限界が来るのではないかという不安も出る。その気配が、作品に切なさを足しています。
父娘コメディとしての読みやすさ、業界ギャグとしての切れ味、そして時々差し込まれる妙な寂しさまでそろっていて、導入巻としてかなり強いです。気楽に笑えるのに、読み終わると可久士の必死さが少し残る。その後味がいい一冊でした。