レビュー
概要
いつも通りの帰り道に、気づけば同級生の坂上雄太は突然襲われた。噛まれた場所は血が止まらず、気がつけば意識のすぐ脇に「明るさ」がなくなっている。学園では、人間よりも鮮やかで強靭な生命体「吸血鬼」が潜伏し、血を求めて犠牲者を増やしていたのだが、雄太には奇妙にもその血の渇きが芽生える。彼を救ったのは同じクラスの先輩・湊であり、自らも吸血鬼コミュニティの一員である彼女は、「共存」を選ぶための条件を突きつける。血の匂いに抗えない変化を見せても、クラスメイトの存在と自我を守るために、雄太は人間社会の常識と吸血鬼の本能を折り合わせていく。押見修造らしい内省的な語り口と、喰らいかけた肉体が真正面から描かれる視覚が融合し、第一巻から日常と異常の境界線を震わせるような緊張が走る。
読みどころ
- 「血」を巡る描写が、疫病と欲望、青春的な羞恥心を同時に刺激し、ピュアな共感と違和感を両立させてくる。吸血鬼になった直後は自分が何者かわからないという状態が延々と続き、その「揺らぎ」が読者に焦燥感を与える。
- クラスメイトが持つ軽さや台詞のリズムが、通学路の描写とともに物語にリアルな土台を与える。そこから急に夜の闇が降り、吸血鬼の残虐な面が出ることで、日常が一瞬で壊れる感覚を丁寧に積み上げる。
- 湊という先輩の教え方が“共存”のための掟を説明する形で描かれており、吸血鬼の社会構造(血を巡るランク、血の質による価値観)を1巻だけで理解しやすくする工夫がある。
- 双方の身体性が対比されるコマ使いは、闇のパースと光のグラデーションで吸血鬼の「誘惑」と人間の「決意」の温度差を浮かび上がらせており、忙しいテンポのなかにゆったりとした威嚇を仕込む。
類書との比較
危険な存在と日常生活の境界が混ざり合うという意味では『東京喰種』に近いが、暗黒の中にも“恋する心”の揺らぎを押見修造ならではの抑制と共に描くことで、心理描写の深度が違う。さらに、吸血鬼の倫理感がより組織的に描かれるところでは『ヴァンパイア騎士』の吸血鬼社会に通じる一方、『うしおととら』のような妖怪との共存の葛藤も垣間見られる。本書の独特な強度は、血への崇拝と人間らしい懺悔がもし混じり合ったらどうなるかを徹底的に検証している点で、格闘アクションよりも感情の揺れを重視している。
こんな人におすすめ
血の連鎖をテーマにしたホラーを読みたいが、ただの残酷描写で終わるのではなく、被害者自身が加害者になっていく“変化”を描いてほしい人。自己嫌悪と衝動の間を行き来する青年を追いたい読者には、十代の不安と血の誘惑をセットで味わえる安定感ある1巻だ。
感想
本作で特に印象的なのは、「人間とは違う視点」で世界を見せることにこだわりつつ、己の友人や恋仲の存在を刻一刻と確認させる構成だ。怒りや恐怖だけでなく、小さな善意や慣習への執着が、吸血鬼としての本能と対峙することで浮き彫りになる。夜のなかでふわりと浮く「ハピネス」というタイトルが皮肉めいて響くのは、幸福か否かという問いに血が拘束力を持たせているからであり、主人公の雄太がそれをどう保持するかが今後の焦点になる。