『SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん 1巻 (デジタル版ビッグガンガンコミックス)』レビュー
著者: 長田悠幸 / 町田一八
出版社: スクウェア・エニックス
¥314 Kindle価格
著者: 長田悠幸 / 町田一八
出版社: スクウェア・エニックス
¥314 Kindle価格
『SHIORI EXPERIENCE ジミなわたしとヘンなおじさん 1巻』は、地味な高校英語教師の本田紫織が、ジミ・ヘンドリックスの幽霊に取り憑かれるところから始まる音楽漫画です。スクウェア・エニックスの公式紹介でも、著者は長田悠幸さん、町田一八さんで、主人公は“ジミ”なアラサー教師・本田紫織、そこへ“ヘン”なサイケおじさんが現れて生活が一変すると説明されています。設定だけ聞くと荒唐無稽ですが、読んでみると笑いより先に、遅れてきた情熱の物語として胸に入ってきます。
この1巻の核にあるのは、才能そのものではなく、何者にもなれないまま年齢だけを重ねた感覚です。紫織は、若さと勢いですべてを突破できる年齢ではありません。むしろ、もう大きな夢は終わったと思い込んでいる側です。だからこそ、突然ロックの亡霊に「伝説を残せ」と迫られる展開が単なる漫画的な奇抜さに見えず、人生の再起動として読めます。
1巻で強いのは、紫織が最初からヒーロー然としていないところです。教師として冴えず、音楽にも過去の傷や未練を抱えたまま、日常をなんとかこなしている。その人物に、27クラブを思わせる「期限付きのロックの運命」が重なることで、物語に切迫感が生まれます。若い天才がスターになる話ではなく、もう遅いと思っている人が、それでも弾くしかなくなる話なのがいいのです。
また、本作はバンド漫画でありながら、仲間集めや成功物語を一直線に描くタイプではありません。まず描かれるのは、音を出したときに本人の内側がどう変わるかです。紫織の中に眠っていた怒り、未練、諦めが、ギターをきっかけに表面へ出てくる。演奏シーンは派手ですが、その派手さの根にあるのは自己表現の切実さです。だから読者も、うまい演奏より「この人は何を叫びたいのか」を追うことになります。
ジミ・ヘンドリックスの幽霊という設定も、単なる賑やかしに終わっていません。ロックの神話を背負った存在が紫織にまとわりつくことで、この作品は常に「本物とは何か」「伝説とは何か」という問いを背後に置きます。上手に弾けるだけでは足りない。人の心を動かす音とは何か。紫織がその問いに巻き込まれていくため、物語全体に独特の熱があります。
1巻の時点では、教師としての現実、過去のバンドへの思い、周囲との関係、そこへ突然侵入してくるロックの論理がまだ整理されきっていません。その混線がむしろ魅力です。日常は地味なままなのに、心の中では巨大な音が鳴り始めている。そのずれが、タイトルの「ジミ」と「ヘン」をきちんと物語に結びつけています。
さらに、この作品は音楽漫画としての見せ方も強いです。実際に音が鳴っているわけではないのに、コマの勢い、表情、身体の動きで「この演奏はただ事ではない」と伝えてきます。ギター漫画は技術説明に寄りすぎると読者が離れやすいですが、本作は理屈より熱量を先に届けるので、ロックに詳しくなくても引き込まれます。むしろ、詳しくない人ほど紫織の戸惑いと一緒に入れる作品です。
音楽漫画には青春や部活の熱さを前面に出す作品が多い一方、本作は「遅れてきた覚醒」に重心があります。若い天才のサクセスではなく、大人になってしまった人の焦燥と再挑戦を描くので、読後の温度がかなり違います。加えて、ロックの神話性と日常のくたびれた現実が同じ画面にあるため、単なるバンドものより癖が強く、そのぶん忘れにくいです。
この1巻の良さは、むちゃくちゃな設定を、むちゃくちゃなまま本気でやっていることです。幽霊に取り憑かれる、27歳で伝説を残せと言われる、という話は普通ならネタに寄りすぎます。けれど本作では、その無茶が「もう遅いと思っていた人生にも、まだ火がつくかもしれない」という感覚と直結しているので、読んでいるうちに笑いより切実さが勝ってきます。
紫織がいきなり別人のように強くなるわけではないのも良かったです。みっともなさや迷いを抱えたまま、それでも音に引っぱられて動いてしまう。その不格好さが、ロック漫画として妙に信用できます。1巻の時点でかなり熱く、続きでどこまで化けるのかを見届けたくなる導入でした。