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レビュー

『ケンガンアシュラ』1巻は、単なる殴り合いの漫画ではありません。企業が巨額の利益を賭け、自社の代表闘技者同士を戦わせて勝敗でビジネスを決める「拳願仕合」という異様な仕組みを軸に、暴力と資本主義を真正面から結びつけた格闘漫画です。導入で読者の目になるのは、屈強なファイターではなく、56歳の冴えないサラリーマン山下一夫。家庭も仕事も行き詰まった彼が、会社の会長に呼び出され、企業社会の裏側にある血なまぐさいルールを知るところから物語が始まります。

この構図がまず巧みです。格闘漫画は強い主人公の視点だけで走ると、世界観の前提が読者に伝わりにくくなることがあります。けれど本作では、山下のように何も知らない一般人を案内役に置くことで、読者も一緒に「拳願仕合とは何か」「なぜ会社がこんな方法で争うのか」を理解していけます。そのうえで山下が世話係として引き合わされるのが、暴力そのものが人の形を取ったような若者、十鬼蛇王馬です。この二人の落差だけで、1巻の読ませる力が成立しています。

王馬は典型的な熱血ヒーローというより、正体の分からない危うさをまとった存在として描かれます。周囲の論理や常識に従うタイプではなく、戦いの中でしか輪郭が浮かび上がらない。そのため読者は、山下と同じく「この男は何者なのか」「なぜここまで強いのか」を気にしながら読み進めることになります。1巻の段階ではすべてが説明されるわけではありませんが、その余白が逆に作品の吸引力になっています。

内容面で特に面白いのは、暴力が企業活動の延長線上に置かれているところです。普通の格闘漫画なら、道場の看板や個人の誇り、復讐や名誉が戦う理由になります。ところが『ケンガンアシュラ』では、闘技者の背後にスポンサー企業がいて、試合の結果が経営判断や利権の配分に直結する。つまりリングの上の一撃が、会社同士の力関係まで動かしてしまうわけです。この仕組みがあるから、試合はただの見世物で終わらず、経済の裏面をむき出しにした戦争として立ち上がります。

1巻では、その異常な世界に山下が巻き込まれていく過程そのものが大きな読みどころです。彼は英雄ではなく、むしろ押しに弱く、状況に流されやすい人物です。だからこそ、王馬の非常識さや拳願仕合の狂気が、誇張ではなく本気の恐ろしさとして伝わってきます。格闘漫画でありながら、最初に読者を掴むのは「この普通のおじさんは無事でいられるのか」という不安です。熱量の高い作品ほど、こうした弱い視点が効いてきます。

作画のだろめおんも見事です。筋肉の量感や打撃の衝突だけでなく、相手が殴られる直前の空気の張りつめ方、観客席のざわめき、企業人たちの下卑た興奮まで描けているので、試合そのものに重みが出ます。王馬という存在は、「大きい男」という説明では足りません。「制御された危険物」に見えるのです。一方で、山下の小ささや情けなさも同時に伝わる。人物の対比がそのまま作品の面白さにつながっています。

また、この1巻は格闘技のウンチク一辺倒にならないのもいいところです。もちろん技や身体能力の迫力はあるのですが、それ以上に「男たちはなぜ闘い、拳で何をつかもうとしているのか」という問いが最初から置かれています。読者は勝敗だけを追うのではなく、企業側の事情、闘技者の生き方、山下の内面の変化といった複数の線を同時に見ることになる。だから読み味が単調になりません。

この本を読んで感じたのは、『ケンガンアシュラ』の1巻はシリーズの世界観説明巻でありながら、説明のために熱量を失っていないということです。むしろ世界のルールを知るほど、次はどんな怪物が出てくるのか、山下はどこまでこの世界へ踏み込んでしまうのかが気になってページをめくってしまう。導入としてかなり強い巻です。

格闘漫画が好きな人にはもちろん向いています。勝負の裏にある仕組みや人間関係まで見たい読者にも薦めやすい作品です。暴力を美化するのではなく、資本と結びつくことで生まれる露骨さや恐ろしさを、娯楽として成立させながら見せてくれる。『ケンガンアシュラ』1巻は、その入口として十分すぎるほど濃い一冊でした。

1巻の時点でここまで世界のルール、案内役、怪物的主人公の3点がそろっている作品はそう多くありません。だから続きを読む動機が明確ですし、シリーズものとしての立ち上がりも非常に強い。熱い試合を楽しみたい読者はもちろん、設定の異様さを味わいたい読者にも手を伸ばしやすい導入巻です。企業社会の裏面を暴力で可視化する発想だけでも、読む価値があります。

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