レビュー
概要
『惡の華』1巻は、押見修造がスクールカーストの最底辺に身を置いた少年たちの内面を、攻撃的な描線と密度の高い心理描写で炙り出す。主人公の春日高男は、暗い性格と妄想癖を抱えており、ある日クラスで人気の女子・仲村佐和によって「悪いことを一緒にしよう」と持ちかけられ、その瞬間から日常が歪んでいく。中学生らしい羞恥心や勇気の矛盾が、ペンキの赤や黒の太い線で強調され、読者は彼らの言葉にならない苛立ちや不安に巻き込まれていく。
読みどころ
- 第1章では、春日が教科書に描いた落書きと佐和の反応が交わされ、羞恥の連鎖が読み手を引き込みながら描かれる。普段は控えめな春日が、徐々に自分の中に棲む「普通でない何か」と対話しながら物語を進める様子が、線の密度を通して視覚的に体感できる。
- 赤いジャージとペンキのモチーフが繰り返され、加害と被害という二項対立を越えて「表現への未熟さ」が転写される。周囲が彼らを犯人か被害者かに分類したがる中で、作者は「悪を描き出す過程」そのものをポップに描くことに挑んでいる。
- 物語中盤には「悪いこと」を一緒にする儀式があり、その場面では言葉を超えた不安定なトーンが漂い、読者の心を引っ張る。友情でもなく恋愛でもない、その曖昧な関係のなかで佐和と春日が互いに距離を測る機微が、まるで鏡のように入れ替わる。
- 巻末には作者のインタビューや資料が収録され、自らの経験とこの物語が重なっていることが伝わる。押見は過去に感じた疎外感をこの作品に注ぎ込み、読むたびに「他者の目に映る自分とは何か」を問うようになる。
類書との比較
『血の轍』や『ハピネス』が閉塞した家族や光の世界を描くのに対し、『惡の華』は学校の構造そのものを否定していく。「誰かに取り込まれたくないけれど、相手に惹かれてしまう」微細な引力が、他作品と比べてより強い形で浮かび上がる。 『ぼくらの』や『雨のようにやってくる』のような心理的ホラーは社会的なルールや呪いを軸に展開するが、『惡の華』は構造そのものを否定し、むしろ自分に内在する「狂気の芽」こそが恐ろしいと訴える。この狂気が毎ページを支配し続ける点で、他のサブカル系作品とは一線を画す。
こんな人におすすめ
- 学校や社会の枠に馴染めなかった経験を持ち、自分の居場所のなさを懐かしく感じる人
- 心理描写の密度や画面の黒の暴力性が、狂気を味わうためのキャンバスになると思う人
- 日常と非日常が混じる感覚や、キャラクターの目に引き込まれていくリズムを求める人
- いわゆる百合や恋愛作品よりも、人間の複雑な欲望を見せる衝撃を欲している人
感想
- 画面端の墨がじわじわと感情を吸い取るようで、読み終えても呼吸が収まらない。他の中学漫画では描かれないレベルの不穏さが全ページを覆っている。
- あのとき仲村佐和が言ったひとことで、主人公が「自分とは何か」を問い直す様子が視覚的に描かれ、再読するたびに新しい解釈が生まれる。
- 零れ落ちるような遠近法と圧倒的な黒で、キャラクターの目が読者を見返してくるような感覚を味わえる。毎話のラストに達したときのスリルが、この作者ならではだと感じた。