レビュー
概要
『英語多読法』は、「英語ができるようになるには難しい本を我慢して読むべきだ」という発想をひっくり返す本です。著者の古川昭夫が強く勧めるのは、むしろ驚くほどやさしい本から始めること。中学英語の基礎があやしい人でも読めるレベルの本を大量に読むことで、辞書と文法説明に頼らず、英語を英語のまま理解する感覚を育てていこうというのが本書の基本方針です。
この本の面白さは、多読を精神論で語らないところにあります。「とにかく読め」と言うだけなら乱暴ですが、本書では、なぜやさしい本が必要なのか、なぜ辞書を引きすぎると流れが止まるのか、なぜ難しい本に固執すると続かないのかが、学習者のつまずきに即して説明されます。要するに、英語力が伸びない人は努力不足というより、最初の負荷設定を間違えていることが多い。その前提に立って、学習を立て直すのが本書です。
具体的には、SSS式の多読でよく知られる「辞書は引かない」「わからないところは飛ばす」「つまらなくなったらやめる」という原則が軸になります。一見すると乱暴に聞こえますが、狙いは精読の放棄ではありません。まずは英語の語順、リズム、頻出表現に慣れ、意味を前から順に受け取る力を育てることにあります。単語を1点ずつ覚えるのではなく、やさしい英文を大量に読むことで、かたまりとして身につける。ここがこの本のいちばん大事なメッセージです。
多読というと、読書量の自慢に見えるかもしれませんが、本書では「量」はあくまで結果であって目的ではありません。読みやすい本を選び、読めたという成功体験を積み、無理なく継続できる状態を作る。その先に100万語という1つの目安がある、という順序です。だから本書は、英語上級者向けの読書論というより、初級者や中級者が学習のつまずきを抜けるための再設計マニュアルとして機能します。
本書では、教材選びの重要性もかなり強調されます。最初から一般向けの小説や難しい時事記事へ行くのではなく、語彙が制限された graded readers や、絵や文脈の助けがある児童書から始める。そのうえで、「読めない本をがんばる」のではなく「読める本をたくさん回す」発想へ切り替えるわけです。この切り替えができると、英語学習はテスト勉強から読書習慣に近いものへ変わります。
読みどころは、英語学習の常識に対する距離感です。本書は単語帳や文法問題集を全否定するわけではありません。ただ、それだけでは「実際の英語を前から理解する力」は育ちにくいと指摘します。日本の英語学習は、どうしても正解・不正解や和訳の精度に寄りやすいですが、多読はそこから少し外れて、「わかる部分を増やす」方向で前進する方法です。この発想の転換ができるかどうかで、英語学習の息苦しさはかなり変わります。
さらに本書が良いのは、継続の現実まで見ている点です。読む時間をどう確保するか、途中で飽きたらどうするか、どの時点で少し難しい本へ移るかといった、独学者が必ずぶつかる問題に先回りしています。多読は特別な才能が必要な学習法ではなく、続けやすい設計へ自分を持っていく工夫なのだと伝わってきます。
だから本書は、単に「多読はいいですよ」と勧める本ではありません。読めるレベルの本を探す、記録をつける、面白くない本をやめる、少しずつ読む速度と量を上げる、といった実際の運用まで含めて多読法として提示しています。英語が苦手な人ほど、努力の方向を正すだけで学習の手応えが大きく変わるとわかります。
また、和訳せずに意味を取る経験が増えると、リスニングや会話にも波及しやすい点は見逃せません。本書の主眼は読書ですが、英文を返り読みせずに理解する癖がつくと、聞こえた英語を前から処理する感覚にもつながります。読むことを入口にしながら、英語の土台そのものを作る発想が本書の強みです。
おすすめしたいのは、英語に苦手意識がある人、勉強しているのに実感が湧かない人、そして一度挫折した人です。特に、難しい参考書を買っては続かなかった人には相性がいいと思います。逆に、細かい文法用語を整理したい人には別の本のほうが向いていますが、「英語を読むこと自体に慣れたい」という人には本書の考え方がかなり効きます。
読後に残るのは、英語学習をもっと軽く始めてよかったのだという安心感でした。がんばる前に、続く形を作る。読めるものを読む。わからないことを全部止めて解決しなくても、前へ進める。その感覚を持てるだけでも、多読の入口として大きな価値があります。英語を勉強の対象ではなく、読む対象へ変えてくれる一冊です。独学で英語を立て直したい人にとって、かなり実用的な再出発の本だと思います。遠回りに見えて、実はかなり効率のよい学習法だと納得できました。本選びが怖くなくなる点でも、初心者には効く本です。学習をやめずに続ける設計図としても優秀です。習慣化の入門書としても使えます。