レビュー
概要
『もうあかんわ日記』は、岸田奈美が2021年春に note へ連日公開していた日記をまとめたエッセイです。父はすでに他界、弟はダウン症、母は車いすユーザー。そのうえコロナ禍で母が生死をさまよう大手術を受け、祖父の葬儀が入り、祖母にも異変が起きる。こう書くと、かなり息苦しい本に見えます。
でも実際に読んで驚くのは、出来事の重さより先に、文章の推進力です。次々に降ってくる「もうあかんわ」な案件を、岸田奈美は悲劇として固めず、比喩とツッコミでいったん笑いへ変換する。そのおかげで、読者はしんどさを直視しながらも、途中で息を継げます。
本書がただの「壮絶な家族記録」で終わらないのは、日記という形式が効いているからです。3月10日から4月15日までの切迫した時間が、その日の温度のまま残っている。あとから整理された美談ではなく、追い詰められながらも書くことで持ちこたえた記録として読めるのが大きいです。
読みどころ
1. 家族の大変さを、きれいごとにしない
この本には、介護や病気や手続きの大変さが、感動ポルノに回収されない形で書かれています。長女にタスクが集中する不公平さ、気丈に振る舞っても追いつかない現実、優しさだけでは回らない家族の運営。その生々しさを消さないからこそ、読後の手触りが軽くなりすぎません。
岸田奈美のすごさは、その現実を重い語彙で塗り固めないことです。大変さを大変なまま見せながら、言葉の角度だけで読者を前へ運ぶ。笑っているのに、ごまかされている感じがしないんですよね。
2. 「笑わせる」こと自体が生存戦略として描かれる
本書の中心にあるのは、状況説明のうまさだけではありません。書くこと、語ること、笑わせることが、著者にとってのサバイバルになっているところです。
「このまま一人で抱えとったら、もうあかんわ」という切実さから始まった日記が、書けば書くほど喜劇になっていく。これは読みやすさの工夫というより、壊れないための方法だったのだと分かります。エッセイのうまさに感心するだけでなく、「言葉にすることが自分を救う」という感覚まで伝わってくるのが印象的です。
3. 祈りのような日記なのに、押しつけがましくない
家族の危機を扱った本は、読者に「大切な人を大事にしよう」と直接迫ってくることがあります。でも本書は、教訓を前に出しません。著者自身が目の前の一日をさばくので精一杯だからです。
その切迫感があるからこそ、逆に読者は自分の生活へ引き寄せて読みやすい。誰かを支える側に回っている人、家族のことで頭がいっぱいな人、最近ずっと緊張が抜けない人にとって、この本の言葉は「分かる」だけで終わらず、かなり深く残ります。
本の具体的な内容
序盤から、岸田家に積み上がる出来事の密度がすごいです。母の大手術という大きな出来事だけで一冊書けそうなのに、その間にも祖父の死や祖母の異変が入り、日常の細かいタスクも止まりません。病院と家族と連絡と段取りのあいだで、著者はずっと立ち止まれない。
それでも本書は、修羅場をただ箇条書きで並べる本にはなっていません。各日の記録に、その瞬間にしか出てこない比喩やツッコミが差し込まれることで、読む側は「きつい」と「おかしい」を同時に味わいます。このバランスが崩れないから、320ページあっても一気に読めます。
また、家族それぞれが単なる属性で終わらないのも良いところです。ダウン症の弟、車いすユーザーの母、亡き父、祖父母といった情報は、説明として置かれるのではなく、著者の日々の判断や感情を動かす存在として機能しています。家族をテーマ化しすぎず、生活の中の一人ひとりとして書いているから、関係が立体的に見えます。
類書との比較
岸田奈美の前作『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が、家族の歴史や距離感を少し長い時間軸で見せる本だとしたら、『もうあかんわ日記』はもっと切迫した「現在進行形」の本です。余白を持って回想するのではなく、その日のうちに言葉にした日記だから、感情の温度がむき出しに近い。
また、家族エッセイや闘病エッセイの中には、読む人を励ます方向へ整えられた本も多いです。本書はそこを急がず、まず修羅場の雑味を残します。だからこそ、安易な感動話が苦手な人にも届きやすいと思いました。
こんな人におすすめ
- 家族の問題を、きれいごとではない言葉で読みたい人
- しんどい出来事の中でもユーモアを失わない文章が好きな人
- エッセイに「救い」はほしいが、説教くささは避けたい人
- 書くことや話すことが、自分を支える感覚に興味がある人
逆に、静かで整った文章を読みたい人には、少し勢いが強く感じられるかもしれません。この本は落ち着いて眺めるというより、著者の生活の渦にそのまま連れていかれるタイプです。
感想
この本を読んで強く残るのは、「大変なことを面白く書ける人は強い」という単純な話ではありませんでした。むしろ、面白く書かなければ持ちこたえられない場面があるのだ、という切実さのほうです。
本書の笑いは、余裕から出てくるものではありません。限界の中で、自分をつなぎとめるために選ばれた言葉です。そこが伝わるから、読者は笑いながらも置いていかれず、最後には少し救われる。
家族の本としても、文章の本としてもかなり強い一冊でした。修羅場の記録なのに、読後に残るのは絶望ではなく、「この人は書いたからここまで来られたんだな」という確かな手応えです。最近ずっと何かを抱え込みすぎている人にこそ、届く本だと思います。