レビュー
概要
『なにか いいこと あった?』は、おじいちゃんのひと言から始まる、きわめて静かな絵本です。版元紹介によれば、おじいちゃんに「なにか いいこと あったかい?」と尋ねられたダニエルは、いいことを探しに公園をめぐります。設定はそれだけです。大きな事件もありません。けれど、この「いいことを探す」という行為が、日常の見え方を根本から変えていきます。
本書が見せてくれるのは、特別な成功やごほうびではありません。今までできなかったことができるようになること。からだが大きくなること。新しい命が生まれること。そうした、気をつけていないと通りすぎてしまう変化です。だからこの絵本は、「感謝しよう」と説く本ではありません。むしろ、「見つける目を持てば、毎日はかなり豊かだ」と伝える本として読めます。
読みどころ
第一の読みどころは、問いのシンプルさです。「なにか いいこと あったかい?」という問いは、子どもにとって答えやすいようでいて、意外と難しいです。すぐに思い浮かぶような大きな出来事がない日もあるからです。そこでダニエルは、公園を歩きながら、いいことの意味そのものを探し始めます。この問いがあるだけで、読者もまた自分の一日を思い返したくなります。
第二の読みどころは、公園という場所の使い方です。家の中や教室の中ではなく、公園をめぐることで、ダニエルの視線は自然と他者や自然の変化へ向かいます。歩きながら気づくこと、見比べること、前はできなかったのに今はできること。公園というひらかれた空間が、「いいこと」を大げさな出来事ではなく、生活の中の変化として見つけさせてくれます。
第三の読みどころは、「成長」を細かい単位でとらえるところです。紹介文に出てくるのは、からだが大きくなること、新しい命が生まれることなどです。どれも劇的ではありません。でも、毎日をよく見ていれば確かに起きている変化です。本書は、その小さな変化を「いいこと」と呼び直します。ここがとても良いです。努力の成果や点数のような外から見えやすい価値ではなく、暮らしの中で育っていくものに目を向けさせるからです。
本の具体的な内容
この絵本の中心は、出来事ではなく観察です。ダニエルは、おじいちゃんの問いにすぐ答えられません。そこで公園を歩き、見て、考えます。この「答えを先に持っていない」構造が、まず誠実です。子ども向けの本には、最初から結論が決まっているものもあります。けれど、この絵本は違います。ダニエル自身が、自分の目で確かめながら、「いいこと」の意味を組み立てていきます。
その途中で見つかるものがいいです。今までできなかったことができるようになる。これは子どもの世界ではとても大きい変化です。昨日まで怖かった遊具ができるようになるかもしれないし、体の動かし方が変わるのかもしれない。版元紹介は細部を説明しすぎませんが、その余白がむしろ効いています。読む子どもが、自分の「できるようになったこと」を自然に思い出せるからです。
からだが大きくなること、新しい命が生まれること、という視点も大切です。成長はしばしば結果としてしか語られませんが、本書は過程を見せます。少し背が伸びたこと、世界のどこかで新しい命が始まっていること、そういう変化は一見すると地味です。でも、それを「いいこと」と呼べる人は、日常をかなり豊かに生きられます。ダニエルの公園めぐりは、その感覚を読者へ手渡す時間になっています。
著者ミーシャ・アーチャーが、幼稚園で15年間教え、油絵やコラージュを使った独自の技法で絵本を作ってきた人だというプロフィールも、本書の魅力と重なります。子どもが何に足を止め、何に心を動かされるかを知っている人のまなざしが感じられます。大人にとっては些細なものでも、子どもにとってはその日の世界を決定づける発見になりうる。本書はその感覚をきちんと信じています。
また、この絵本の良さは、幸福を抽象語にしないことです。「毎日がうれしくなるような絵本です」という版元の紹介はまさにその通りですが、うれしさはふわっとした気分として描かれるのではありません。見ること、歩くこと、気づくこと、比べること。そうした具体的な行為の積み重ねとして、うれしさが立ち上がります。だから読後感が軽すぎず、しっかり残ります。
類書との比較
ポジティブ思考や感謝をテーマにした絵本は多くありますが、本書は「前向きでいよう」と直接言いません。まず公園を歩き、世界を見渡し、その中で見つかったものを「いいこと」と呼ぶ。この順番があるので、読者は押しつけを感じません。気づいた結果としてうれしくなるのであって、うれしくならなければいけないとは言われないのです。
また、ストーリー性の強い絵本に比べると出来事は少ないですが、そのぶん1つの問いを深く味わえます。大きな事件ではなく、問いと観察で読ませる絵本として、とても完成度が高いです。
こんな人におすすめ
毎日の出来事をうまく言葉にできない子どもへおすすめです。寝る前に「今日なにかあった?」と聞かれても、うまく答えられないことがあります。本書は、そういう子どもへ「大きいことじゃなくてもいいんだ」と教えてくれます。
また、読み聞かせにも向いています。読み終えたあとに「きょうのいいことって何だった?」と自然に会話が広がる本だからです。親子や祖父母と子どもが一緒に読むと、とても相性がいいと思います。
感想
この本を読んでいちばん好きだったのは、いいことを見つける作業が、何かを無理に明るく解釈することではなかった点です。ダニエルは、公園をめぐりながら、変化を見つけます。前はできなかったことができるようになる。からだが育つ。命が生まれる。そうした現実に目を向けることで、「いいこと」は向こうから立ち上がってきます。ここに無理がありません。
そして、おじいちゃんの問いがとてもいいです。「なにか いいこと あったかい?」は、子どもを試す質問ではなく、一緒に世界を見直すための問いとして響きます。子ども向けの絵本ですが、大人のほうが読んでハッとするかもしれません。忙しい日ほど見落としてしまう、小さな変化や小さな喜びを、もう一度見つけ直したくなる絵本でした。