レビュー
概要
『ノクツドウライオウ ―― 靴ノ往来堂』は、100年続くオーダーメイド靴店を舞台に、進路に迷う中学生の夏希が、自分の向かう道を探していく物語です。あすなろ書房の紹介では、夏希はシューズデザイナーを夢見る中学生で、靴職人の祖父を尊敬していると説明されています。ところが、店を継ぐはずだった兄が突然姿を消し、老舗の往来堂は一気に危機に陥ります。
この本の面白さは、家業の継承を「伝統を守るか、夢を追うか」という単純な対立にしないことです。夏希はデザインを志している一方で、祖父の仕事の価値もよく知っています。しかも、往来堂はただの古い店ではありません。合わない靴で苦しんできた人の人生を、本当に変えてしまう力を持つ場所として描かれます。青春小説であるだけでなく、ものづくりの本としても読めます。
読みどころ
第一の読みどころは、往来堂という店そのものです。高いビルの間に挟まれた、くすんだレンガ造りの小さな建物。築100年のオーダーメイド靴店という設定だけで、もう物語の空気が立ち上がっています。靴は毎日使うものですが、本書では「その人に合う1足」が人生を左右するほどの意味を持ちます。道具としての靴と、身体を支える技術としての靴が丁寧に描かれているのが魅力です。
第二の読みどころは、土地開発会社の人物とのやりとりです。店の土地を買い取りたい側の人間が、実は自分に合う靴を持てずにいた。祖父がその足元を見抜き、助言し、注文を受ける。やがて相手が「たった1足の靴で人生が変わった」と語る。この流れがとても強いです。靴づくりの価値が説明ではなく出来事として示されるので、読者も夏希と一緒に往来堂の意味を理解していけます。
第三の読みどころは、夏希の進路の揺れ方です。シューズデザイナーを夢見る中学生が、祖父の仕事を間近で見ながら、自分は何を受け継ぎ、何を新しく作りたいのかを考える。この葛藤には職人物語としての力があり、青春小説としても効いています。家業を継ぐかどうかより、「自分は何に惹かれているのか」を確かめていく物語として読めるのがよいです。
本の具体的な内容
物語の中心にあるのは、兄の失踪によって空いた「後継者」の位置です。往来堂の5代目候補だった兄がいなくなり、店は急に不安定になります。夏希は祖父を尊敬していました。ただ、自分の進路として思い描いていたのはシューズデザイナーの道です。つまり、店を継ぐことと夢を追うことが、そのまま一致するわけではありません。このずれがあるからこそ、夏希の迷いに重みが出ます。
また、本書は靴を単なるファッションとして扱いません。紹介文にある土地開発会社の人物のエピソードでは、その人は「どんな靴も合わないのであきらめている」と語ります。祖父は足と靴の不一致を見抜き、相手に合う靴を作る。その結果、相手の歩き方だけでなく人生の感じ方まで変わる。ここで描かれているのは、身体に合わせて道具を作る職人仕事の尊さです。足に合う靴がどれだけ人の行動や気分を左右するかを、物語として伝えてくれます。
さらに、夏希はこの一連の出来事を目撃しながら、自分が惹かれているのは見た目のデザインだけではないと気づいていきます。靴には、歩く人の身体、癖、痛み、日常が刻まれている。祖父の仕事は、その人の人生に寄り添う行為でもあるのです。だから本書は、ものづくりの進路を考える若い読者にも響きます。美しさと機能の両方が必要な仕事として、靴の世界が見えてきます。
類書との比較
職人を描く児童文学やYA小説は多いですが、本書は「継ぐか継がないか」のドラマだけで引っ張りません。靴という具体的な対象があり、その機能と身体性が物語の中核に置かれています。そのため、夢探しの物語であると同時に、クラフトやデザインの本としても読めます。老舗の危機を描きつつも、古いものを礼賛するだけで終わらないところもよかったです。
こんな人におすすめ
ものづくりの仕事を目指す中高生におすすめです。ファッションやデザインが好きな読者はもちろん、手仕事や家業の物語が好きな人にも合います。将来の進路をまだ言葉にできない人が読むと、自分の「好き」が何に向いているかを考えるきっかけになるはずです。靴や身体に合う道具の大切さに関心がある読者にも向いています。
感想
この本を読んで印象に残ったのは、靴がここまで人の人生に近い道具として描かれていることでした。歩くことは毎日の行為ですが、足に合わない靴を履き続ける苦しさは、合う靴に出会うまで言葉にしにくいものです。本書はその当たり前を、往来堂の仕事を通してくっきり見せてくれます。
夏希が進路に迷う姿にも説得力がありました。夢を持っているから迷わないのではなく、夢があるからこそ、目の前の現実との関係を考えなければならない。本書はその揺れをさわやかに描きながら、職人の技術が誰かの人生を支えている事実をしっかり伝えてくれます。青春と手仕事がきれいにつながった一冊でした。